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うちの従者の不安を消したい




「それにしても、これで王太子からの婚約解消は厳しくなりましたね」

「えっ?」


 馬車の中でライルを守る決意を固めていると、ライルが当然のように言った。思わず間抜けな声が出る。


 いや、今思うとむしろ婚約解消されやすくなったのでは。


 客観的に見れば、今日の私は『ようやく王太子の呼び出しに応じたくせに突然怒り出し十分もしないうちに部屋を出て行く不敬なヒステリー女』だ。印象は最悪に違いない。


「王太子は明らかにお嬢様に一目惚れしていました。入学後リーナ嬢に心変わりすることが唯一の希望ですが、多分無理でしょう」

「ええ?!」


 ライルの読みが外れたことはないが、それでも今の発言は到底素直に受け入れられない。

 なにせ王太子が私と会ってしたことと言えば、自身の名前を述べただけだ。どこに一目惚れした要素があったというのか。


「ライル、王太子様は幼少期からいろんな女性を見てきているわけだし、今さら私なんて見ても何とも思わないよ。しかも怒鳴り散らして出てきちゃったし」


 申し訳なさそうに言うと、ライルがこちらをちらりと見た。

 その表情はまさしく無で、心情を推し量ることはできない。


「あれはあの側近の落ち度ですから、お嬢様の対応は間違っていません。王太子も側近の方を嗜める態度でした。そして、お嬢様はなぜか異様にご自身を過小評価されますが、そろそろその認識を改めていただく必要があります」


 ライルは小さくため息をつくと、私の方に向き直った。


「……実は、僕がお嬢様の前世や小説に関する話を信じたのは、単にお嬢様が嘘をつくような人間ではないというだけではないんです」


 突然の話の切り出しに、思わず息を呑む。

 確かに、なぜライルはこんな突拍子もない話を信じてくれるのだろうとは思っていた。いくら私を信用していても、それだけで納得できるような内容ではない。


「お嬢様の話を聞いたとき、非現実的だと思う一方で、ひどく腑に落ちたんです。お嬢様──いえ、ロゼリア侯爵令嬢は、その立場と容姿に、本来の悪辣な性格を含めて、一つの正しい存在だったのだと。それが、ロゼリア嬢の中身がお嬢様になり、内面まで非の打ちどころがなくなりました。つまりこの世のことわりを超えてしまったんです。どういう意味かわかりますか?」


 全く分からない。眉根を寄せ、ふるふると首を振ると、ライルは私の頬にそっと手を当てた。思わず心臓が跳ねる。


 真剣な話をしているときにこんなことをされると心臓に悪い。赤くなった顔を見られないように思わず下を向くと、何かが近づいてきて、ふわりと優しい香りがした。

 驚いて顔を上げると、すぐ近くにライルの瞳があって、さらに顔が赤くなる。


「僕は貴方より可愛い人を見たことがありません。規格外なんです。可愛すぎる。本当に、可愛い。死ぬほど。何でこんなに可愛い人が存在するのかとずっと思っていました。それがお嬢様の説明で腑に落ちたんです。貴方は本来この世界にはいないはずの存在なんです。誤りなんです。だからこんなに、おかしいくらい可愛くて、ただの普通の人間だった僕までおかしくなりました」


 その瞳は、甘い言葉とは裏腹に昏い光を湛えていて、可愛いなんて普段言わないライルがこんなに可愛いと連呼することも含めて本当におかしくなったのではないかと心配してしまう。

 

 大体私の方こそ、ライルのことをなんで地上に天使がいるんだろうとずっと思っていたし、ライルと一緒にいるために五体満足じゃなくなろうとしたくらいにはライルが好きすぎておかしくなっている。


「そしてそれは、僕だけじゃなくて他の男にとってもそうなんです。お嬢様の侯爵令嬢という高すぎる地位を恨んだこともありましたが、逆にその盾の強固さに安心もしていました。それでも最近は不安なんです。他の男の目に触れると考えただけで。他の男が僕みたいに、どこか誰にも見られない場所にお嬢様を閉じ込めようとするんじゃないかって」


 つまりそれは嫉妬では。ライルが私に嫉妬してくれるなんて本当にそんなことあるのだろうか。嬉し過ぎて思わず顔がにやける。


 ライルににやけ顔を見られないように、慌てて両手で口元を覆った。なにしろこの至近距離だ、顔を背けたくらいでは誤魔化せない。


 その所作を違う意味に捉えたのか、ライルの声が嘲りを含んだものに変わった。


「変ですよね? おかしいんです。早く貴方を僕のものにしたくて堪らない。大事にすると決めたのに、地位も手に入れて計画も完璧なはずなのに、時々どうしようもなく不安になる。こうやって王太子みたいな、生まれも地位も名誉も見目も、全部持った男が学園には大勢いて、今後きっとお嬢様に近づいてくると思うと、僕は」 


 私はライルの言葉を遮るように、ぎゅっと抱きついた。ライルがさっきしてくれたみたいに優しく後頭部を撫でると、ライルのさらさらの髪が私の手のひらを滑る。


「私、ライルが大好きだよ。ライルさえいてくれたら他に何もいらないって思うくらい、ライルのことが好き。私の方こそ、ライルが私を選んでくれるにはどうしたらいいかって散々考えたし、それこそ学園に行ったら可愛い子がたくさんいるから心配もしてるんだよ?」

「……僕は、お嬢様以外は全部同じに見えます」

「私も、ライル以外の男の人はみんな同じに見える!」


 私は体を離すと、ライルと目を合わせて微笑んだ。ライルもそんな私を見て、つられたように笑みを見せる。少し安心してくれたようでほっとした。


「お嬢様、すみません。本当はこんなこと言うつもりではなかったんですが、なんか……止まらなくて」

「ううん、可愛いって言ってもらったし」

「……いつも心の中で可愛いと思ってますよ」


 そう言って穏やかに微笑むライルはいつもの表情に戻っていて、ほっと安堵の息を漏らす。

 一方で、もうあんなふうに可愛いと連呼してくれることなんて二度とないかもしれないと、この世界にボイスレコーダーがないことを私は心底悔やんだのだった。







 家に着くと、あまりに早い帰りに何があったのかとお屋敷中から心配された。


 お父様の執務室に呼ばれ、ことの顛末を話すと、お父様は怒ることもなく「そうか」と頭を撫でてくれた。

 正直怒られることを覚悟していたからほっとする。もちろんそれでも、もう一度あの場に立ったら間違いなく同じことをするけれど。


「今回のことは僕の反応が遅れたせいです。学園に入ったあとも同じことが起こらないよう、しっかりと対応を考えておきます」


 ライルは毅然とした態度で告げると、一礼して部屋を出て行った。

 私も続いて部屋を出ようとすると、お父様が呼び止める。


「ロゼリア。ライルのことが好きか?」


 核心をついた質問を振られ、咄嗟に声が出ない。廊下にいるライルにも、きっと聞こえた。

 それでも何とかすました表情を作り、お父様に向かい合う。


「もちろん、好きです。私の従者として」


 王太子との婚約がどうなるか分からない間は、ライルとの関係は今まで通りだと周囲に思ってもらおうと、ライルと一緒に決めた。

 現状好き合っているのがバレると後々面倒なので、とライルは言っていたが、私も同意見だ。というか諦めなさいと言われるに決まっている。


「そうか。それなら安心した」


 その声に笑顔で頷き、私は今度こそお父様の執務室を後にした。


「……応援してやりたいんだがな。すまない」


 ぽつりとこぼれたその本音は、閉められた扉に阻まれ、誰の耳にも届くことはなかった。






王太子を出すだけなのにライルが病んだりデレたりして三話もかかってしまいました。すみません。

ようやく次話から学園編です!!



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