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嘘みたいに幸せな夜




 リガシュタイン学園は、基本的に十五歳以上の貴族子女が通うと定められているが、厳密には年齢の規制はない。


 そもそも一般市民と違い、貴族の子供たちは同学年だけでクラス編成ができるほどの人数はいない。

 そのため、入学年齢は各家の裁量に任されているのだが、その基準は個人の能力などではなく、その年にどの家の令息・令嬢が入学するかということだった。


 できれば高位貴族や、勢いのある有力な貴族と繋がりを作りたいと、お目当ての令息令嬢が入学する年に我が子も入学させ、なんとか同学年にし取り巻きに加わらせようと必死になる。

 もちろん幼すぎると授業についていけないし、年上すぎると他の貴族から余計な詮索をされるため、基準となる十五歳の前後一、二歳で入学するのが普通である。


 そして今年は、王太子やその婚約者であるリディウス侯爵家の娘……つまり私が入学するから、例年とは比べものにならないくらい入学希望者が殺到していた。


「えっと、もちろんライルと一緒に学園に通えたらすごく嬉しいけど。

 でも今年は入学者数を制限するって話も聞いてるし、一般公募枠って、すごく難しい試験なんだよね……?」


 しかも一度試験に落ちると、推薦状を書いた高位貴族の面目は丸潰れになる。自分の見る目がなかったというようなものだからだ。そのため機会は一度きりと言って良く、なかなか一般公募制度が利用されないのもそれが理由らしい。


「問題ありません。まだ時間はありますから。必ず受かってみせます」


 ライルは余裕の笑みを浮かべるが、時間と言ってもあと三ヶ月で入学だ。入試はおそらくもっと早いだろう。ライルが優秀なのは私が一番分かっているが、それでも不安だ。


「……そういえば、リーナ嬢も僕と同じく一般公募枠で入学するなら、同じ試験を受けることになりますね。

 もしも同日同会場であれば、少し様子を探ってみましょうか」

「そ、それはダメ!!」


 ふと思いついたように話すライルに、私は慌てて声を上げる。ライルは不思議そうな顔で首を傾げた。


「なぜですか?」

「あの……リーナはすごく可愛くて、いい子で……。だから、もし、ライルも好きになっちゃったら……」


 心配と嫉妬が入り混じった醜い心に、言葉を詰まらせる。

 リーナは王太子が一目惚れしてしまうくらいの美少女だ。そして小説のヒロインらしく、とても心優しい子なのだ。

 王太子がヒロインに恋をするのは願ってもないことだけれど、もしも大好きなライルまでヒロインを好きになってしまったら。

 そう考えるだけで体が震え、目元が潤んでくる。


「ご、ごめんね、私の私情でライルの行動を制限することなんてできないのに」

「お嬢様」


 ぎゅっと握りしめ、白くなった私の拳の上に、ライルの暖かい手がそっと重ねられた。

 顔を上げると、ライルが少し嬉しそうに目を細めて微笑んでいた。


「そんなことは絶対にありえません。僕が何年お嬢様に片想いしていると思ってるんですか?」

「……え?」


 ライルから発せられた信じられない言葉に、呼吸するのも忘れ、頭の中が真っ白になる。


「大体、相当な覚悟と想いがないと、雇い主のご令嬢で王太子様の婚約者でもあるお嬢様にキスなんてできません」 


 ね? と朗らかに笑うライルの頬は、少し赤く染まっている。

 それでもまだ今の言葉が信じられない私は、ぽかんと口を開けたまま、ライルを見つめた。


「片想い? 私に? い、いつから……?」

「初めて会った時からです」

「ええ!? でも、確か恋愛したことないって……」

「え? ……ああ」


 ライルに、恋をしたことがあるかと聞いたとき、恋とはどんなものですかと聞き返されたことを思い出す。それで私はライルは恋愛未経験だと思ったのだ。


「従者から主人に告白なんてできませんから、ちょっと誤魔化すのに質問で返させてもらったんです。もうキスしてしまったので言ってしまいますけど」


 悪びれもなく言うライルの顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 初めて会ったときのことを思い出すが、好きになってもらえるようなことをした記憶はない。

 信じられない思いでライルを見つめると、ふと先程のライルとのキスが脳裏に甦った。


「じゃあ、さっきの、キスは」

「すみません。もうどうやっても自分の手に入らないと思って、ちょっと暴走しました」


 すまなそうに小首を傾げて微笑むライルは、わざとやってるんじゃないだろうかと思うくらい、恐ろしくあざと可愛い。

 うっかり人間滅ぼしましたと言われてもつい許してしまうレベルだ。


 だんだん実感がわいてきて、ライルの手に震える自分の手をさらに重ねた。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。


「私、ずっとライルは私のこと主人としか見てないと思って……でも、異性として、見てくれてたの……?」

「はい。……従者失格ですね」

「そんなことない!!」


 思わず涙が込み上げたかと思うと、後から後から溢れてきて、ライルが視界の中でぼやけていく。


「すごく嬉しい。私、ずっとライルに女の子として見てほしかった。今日も、一緒に過ごして、少しでも意識してもらえたらって、計画して……。どうしよう、夢みたい」


 ライルが戸惑ったように、反対の手のひらで私の涙を拭った。その手は壊れやすい大事なものに触れるように、ひどく優しい。

 愛おしそうな目に見つめられて、嬉しくて思わず笑みが溢れる。


「私もライルが好き。大好き」


 思いを全てぶつけるようにライルに思い切り抱き付けば、ライルも恐る恐る私の体に腕を回し、優しく抱きしめ返してくれた。


「好きって……つまり、異性としてってことですか?」


 まるで私自身のような質問に、思わず笑ってしまう。ライルも私と同じことを不安に思っていたなんて。


「うん。ライルのこと、男の人として好き。私も主人失格だね」


 ライルに抱きついたままふふっと笑うと、そっと体を離して、綺麗な蜂蜜色の瞳を覗き込む。彫刻のように整ったその顔は、今まで見たことがないくらい真っ赤に染まっていた。

 そんなライルが愛おしく、この表情をさせているのが私だというのがこの上なく嬉しい。

 そっとライルの頬に手を当て、顔を近づける。ライルは一瞬で私が何をしようとしたのか勘付いたらしく、慌てて体を引き離した。


「ダメです。今は……、多分、止まらなくなります」


 赤い顔を隠すように、顔に手を当て顔を逸らすライルは、いつもの天使のような純真さではなく、少年の色香が感じられた。

 私も自分の大胆な行動が恥ずかしくなり、赤くなった顔を逸らして俯く。


「とにかく今日はもう部屋へ戻ります。これ以上ここにいたら何を仕出かすか分かりません」

「えっ、泊まっていかないの?」

「……どうなるか分かって言ってます?」


 ライルは顔を赤く染めたまま私を一瞬睨むと、立ち上がってソファから離れた。

 机の上に散らばった用紙を手際よくまとめると、スタスタとドアの方へ向かう。


「え、あ、着替え……」

「もう日付も変わってますしどうせ誰もいません。それより一秒でも早くここを出ないと危険です。おやすみなさい」


 パタンとドアが閉まり、あっという間に部屋に一人取り残された。

 なぜライルが急に帰ってしまったのか分からず、呆然としながらテーブルに目を落とせば、私が飲んだ空っぽのティーカップだけが置いてある。

 あまりにいつも通りの寝る前の光景に、今までのライルとの遣り取りが全て自分に都合のいい夢だった気すらしてきた。


 動揺しふらふらとベッドに向かうと、調度品の上にライルが着ていた従者の制服が置き忘れてあるのを発見した。

 思わず抱きしめると、花のように清廉な優しい香りがふわりと鼻腔をくすぐる。ライルの匂いだ。

 本当は返しに行った方がいいのだろうけど、もし他の使用人に見つかってしまったら大ごとになりかねないし、ライルも予備の制服は持っているだろうと言い訳する。


 今夜の出来事が夢ではないことに安堵しながら、私はライルの制服を抱きしめたまま眠りについた。

 




ブックマーク、☆評価、本当にありがとうございます!すごく嬉しいです……!!励みにしながら執筆させていただいております!


もう少しじれじれさせたかったのですが、あまりこじれさせるとライルが危なすぎたので早めにくっつく展開となりました。

付き合ってから本番!!笑


あと3話で学園編、別名ライル地獄の嫉妬編に突入予定です。

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