7月16日(2回目)
「よかったあ。財布を無くす前に戻ってる」
結衣の嬉しそうな声が部室に響き渡る。
彼女の方を見ると、結衣は笑顔で自分のバッグの中身を見ていた。
「結衣ちゃん、よかったね」
「はい! ありがとうございます。でもすみません。私のせいで4日も戻っちゃって」
「いやいや、結衣ちゃんのせいだけじゃないよー。私のせいでもあるし杉崎のせいでもある。てかまあ杉崎のせいにしとこう」
「ふふ、そうですね。とりあえず杉崎先生のせいにしときますか」
結衣と美鈴は微笑みあう。
美鈴は壊してしまった椅子をなかったことにするために、部長は杉崎からタイムマシンを奪われないようにするために、結衣は自分が落とした財布をもう一度手にするためにタイムマシンを使用した。俺以外の3人はそれぞれ自分のために一度タイムマシンを利用している。ならば、俺だって一回だけなら自分のためにタイムマシンを使ってもいいんじゃないだろうか。
「あのーすみません。俺もちょっとやり直したいことがあるんですけど」
「おっどうしたん。言ってみ?」
美鈴がすぐに反応してくる。
「今って7月16日じゃないですか? この日って何があったか分かります?」
「えーなんだろう。元々過去に戻る前が20日だったから、今日は4日前ってことでしょ。何があったんだっけ」
俺が何を言いたいのか、美鈴はすぐにはピンとこないようだった。しかし、どうやら部長の方は分かったらしい。
「16日は期末試験があった日だな。まさかお前、テストをやり直したいのか?」
「さすがシンタローさん。そうなんですよ。実は俺、ちょっとテストでやらかしちまいまして」
「お前のことだからちょっとどころじゃないだろ。どうせまた一夜漬けでヤマはったんだろ」
「そうなんですよ。いつもはそれで赤点回避できるんですけど、ちょっと今回はかなり悲惨そうでして」
「ちゃんと普段から勉強しないからそうなるんだろ。まあ俺も理系科目以外は死んでるだろうけどな。特に国語。あれはマジで分からん」
「でも何だかんだ言ってシンタローさんは赤点は絶対回避するじゃないですか。俺はマジで死んでるんですよ。死んだ死んだ詐欺じゃなくてマジもんの葬式不可避です」
「そりゃ補修なんか絶対受けたくないからな。あれほどかったるいもんはない」
「ですよね。だからもう1日だけ過去に戻ればテストをやり直せるなあ、みたいな。しかも今なら問題も一度見てるんで、対策し放題じゃないっすか」
隣にいた美鈴が吹きだした。
「ちょっ、めっちゃせこいこと考えるじゃん。さすがに笑っちゃった」
「いいじゃないですか。みんなだって自分のために一回タイムマシン使ってるでしょ。俺にも使わせてくださいよ」
「まあそうだよね。さすがにそれ言われたら何も言い返せないかな。私は別にいいよ」
美鈴はすぐに了承してくれた。やはり、俺以外の3人が既に自分のために一度タイムマシンを利用しているということが大きかったようだ。
「私もいいよ。玉森くんだけタイムマシン使ってないってのもなんかアレだしね」
やはり結衣も賛同した。ありがたい、さすが俺の幼馴染だ。
ちなみに、今更だが「玉森くん」というのは俺のことだ。玉森界、それが俺のフルネームである。部室のみんなからは「玉森くん」または「玉森」と呼ばれている。
昔から家族以外から名前で呼ばれることはなく、なぜか全員から苗字で呼ばれ続けている。別に名前で呼んでほしいとは思わないが、たまに誰かから下の名前で呼ばれたりするとちょっぴり嬉しくなったりもするのである。
「しょうがねえなあ。じゃあ、これが本当に最後だぞ。次誰がなんと言おうと過去に戻ることはない。それでいいな?」
「はい! 大丈夫です。ありがとうございます」
「じゃあ、最後のタイムトラベルだ」
部長の指がタイムマシンのボタンに触れる。
俺たちの最後のタイムリープが行われた。