7月17日(2回目)
目を開けると、いつも通りの部室の風景が目の前に広がっている。
念のため、部室の外を確認しに行くとそこにはもう杉崎の姿はなかった。
ポケットからスマホを取り出し電源を入れると、そこには【7月17日 17:05】と表示されている。
「よかった。これで杉崎も一緒に過去に戻ったらどうなるかと思ったけど、そうはならなかったみたいだな」
部長が安心したように言う。
「でもまさかシンタローさんがあんな力業にでるとは思いませんでしたよ。驚きました」
「そりゃ一生懸命作ったタイムマシンを没収されるのは嫌だからな。それに、過去に戻ってしまえばどうにでもなるし」
「でもさ、シンタロー。杉崎を部室の外に追い出してタイムマシンを使ったら、あいつも一緒に過去に戻ることはなかったよね。ってことはこれには有効範囲ってのが存在するのか?」
美鈴の問いに部長は答える。
「そりゃ有効範囲は存在するだろうな。ボタンを押したときに生じるあの眩しい光を浴びないと過去に戻るのは無理だ」
「あのめちゃくちゃ眩しい光によって私たちは24時間前に戻れてるってこと?」
「ああ、そういうことだ。だけど、最初に言った通りこれは本当に偶然できた産物でね。正直俺もこのタイムマシンのことを完璧に把握しているわけじゃないんだよ」
「なるほどね。でも、なんやかんやあってもう3日も戻っちゃったね」
「ああ、そうだな。正直こんなに戻っちまったのは少し予定外だ。早く3日間かけて元の時間帯に戻ろう」
「あ、あの…」
そのとき、結衣がおどおどした様子で手をあげた。彼女は普段大人しく、あまり人の会話に割って入るタイプではない。部長たちも結衣の行動に少し違和感があったようで、不思議そうな表情をしていた。
「おっ、ゆいちゃんどうしたの? なんかあった?」
「い、いや。やっぱりなんでもないです…」
「そう? ならいいんだけど。何かあったら言ってね」
「は、はい…。ありがとうございます」
そして、結衣と美鈴の会話は終わってしまう。
彼女が一体何を言おうとしたのか。俺には何となくだが分かるような気がした。
「結衣、もしかしてこの前落とした財布のことが気になるんじゃないか?」
「財布? 結衣ちゃん財布落としたの?」
「そうなんです。実は4日前、いえ、落としたのは7月16日のことなのでこの場合昨日と言った方が正しいかもです。で、その日に財布を落としたんですよ」
「そうなんだ。それは残念だったね」
「はい、で、その、もしよかったらなんですけど、もう1日だけ昨日に戻ってもらえないかなって。そしたら私は財布を落とす前に戻ることになるんで、無事に財布を手に戻すことができるんです」
「なるほどね。まあ私は別に構わないよ。最初の椅子が壊れたときだって私のわがままで過去に戻ってもらってるしね」
「俺も別にいいよ。結衣がここ数日間ずっと財布のことを気にしていたの知ってるしな。せっかくの手に戻すチャンスを逃すわけにはいかない」
「まあ、みんながそういうなら俺も別に大丈夫だ。じゃあもう1日だけ過去に戻るとするか」
俺と美鈴に続いて、部長も賛同した。
「み、みんな…。ありがとうございます!」
結衣は本当に嬉しそうな顔をした。
俺も彼女の嬉しそうな顔を見るととても嬉しくなる。
結衣とは幼馴染で昔からそれなりに仲が良い方だ。家が近所で、小学生のときは一緒に登下校をしていた。しかし、中学生になると周りの男子生徒から「付き合ってる」などと冷やかされて、気付いたら一緒に登下校をするのをやめていた。あの頃の俺たちは他に家が近い友達がいなかったため、お互い一人ぼっちで登下校をしていた。今になって思えば、周りの視線など気にせずに一緒に登下校をすればよかったと思うが、なんせあの頃の俺たちは中学生。思春期真っ盛りのお年頃だ。周りの視線を無視して自分のしたいことを貫き通せるほど強くはなかった。もしあのときずっと一緒に下校していたら、俺と結衣は付き合っていたかもしれない。そんな妄想が頭の中で繰り広げられる。
「じゃあ、ボタンを押すぞ」
部長のその一言で我に返った。彼がタイムマシンのボタンを押す。
俺たちの視界は光に包まれる。