7月18日(2回目)
目を開けると、再び同じような光景が目の前に広がっている。
例のごとくスマホを見ると、【7月18日 16:50】と表示されている。
「よ、よかったあ。ちゃんと元に戻ってる!」
美鈴は嬉しそうに先ほど(こういう場合、先ほど、という表現で合っているのだろうか?)壊れた椅子を見ている。
美鈴の視線の先を見やると、確かに元通りに直っていた。
「よかったですね、美鈴さん」
「うん、私のわがままに付き合ってくれてほんとありがと」
「いえいえ、もともとさっきのは事故だったんですし仕方がないですよ」
結衣の言葉に、美鈴は彼女に抱きついた。女子生徒同士の百合百合しい展開は目の保養になる。美鈴も十分整った顔をしているからだ。しかし昔からの疑問なのだが、なぜ女子同士はお互いの距離が近いのだろうか。男同士があんな軽々しく抱き着いていたらむさくるしいにも程がある。なぜ女の子のパーソナルエリアは男より狭いのか、早急に解明する必要があると俺は思う。もしかしたら既に解明されているのかもしれないが。
「いやー、でも本当によかったよ。もし指定校推薦が取り消しになっちゃったら私泣いちゃうところだった」
「美鈴は勉強があまり得意じゃないからね」
「ちょっと、シンタロー余計なお世話よ。確かに私は馬鹿だけど、そういうあんただって物理以外の科目は微妙なんでしょ? 進学大丈夫なの?」
「大学入試は高校入試と違って優秀でな。1科目だけで勝負できるところもあるんだよ。俺は物理1科目だけで勝負させてもらえる大学を見つけてな。そこに行くつもりだよ」
「でもそういう試験って、当たり前だけど物理に自信がある人が全国からやってくるんでしょ? そこの一つに絞って大丈夫なの?」
「おっと、これは驚いたな。美鈴は俺が物理で誰かに負けると思っているのか?」
部長の超強気発言に美鈴は黙るしかなかった。確かにうちの部長は1人でタイムマシンを発明してしまうような人なのだ。そんじょそこらの誰かに負けるなんてことあり得ないだろう。
「シンタローさん、良かったら今度どうやってタイムマシンを作ったのか教えてください。私、気になります」
結衣が千反田さんみたいなことを部長に言った。
「おっ、もちろんいいよ。でも結衣ちゃんに理解できるかな。馬鹿にしてるわけじゃないけど、高校で習う知識の遥か上のことを扱っているからね。まあでも頭のいい結衣ちゃんならもしかしたら理解できるかもしれない」
俺も彼がどうやってタイムマシンを作ったのか気になってはいたが、どうやら説明されたところで無駄に終わるだけっぽいな。確かに普通に考えてみれば、説明されたところで俺なんかに到底理解できるわけがない。
俺は今まで通り便利なものをありがたく利用させてもらうだけでいい。テレビもパソコンも作り方なんて知らなくても使い方は分かる。俺は世の中の天才たちが頑張って作ったものをお金を払って使うだけの消費者だ。
そのとき、部室のドアがガラガラと大きな音を立てて開かれた。
「おいお前ら。なに学校に変な物を持ってきているんだ」
科学実験部顧問の杉崎は、部室に入ってきた途端、俺たちを咎めるような言い方をしてきた。
「ちょっと、なんで部室に杉崎が来たのよ」
「そりゃあ、杉崎先生はこの部活の顧問だからなあ。顧問が部室に来るのは当然のことだろ」
「私が言いたいのはそういうことじゃなくて、杉崎はうちの顧問だけどほとんど部室には顔を出さないじゃない。実際ここ最近杉崎は一度も部室には来なかった。それなのにどうして今に限って…。私が言いたいこと、分かるでしょ?」
美鈴は小声で部長に尋ねる。
「どうして今まで部室に来なかった顧問が今に限ってやってきた、か。俺がさっき話したパラレルワールドの話を覚えているか?」
「あれでしょ。分岐点を介して今の世界と並行して存在する別世界のことでしょ? それがどうかしたの?」
「要はあれだ。俺たちが既に一度経験した世界では顧問の杉崎が部室にやってくることはなかった。しかし、今俺たちがいるこの世界線は杉崎がやってくる世界だった、ということだろう」
「なるほどね、単純に私たちの運が悪かったっていうだけか」
「ま、そういうこっちゃな」
「おい、お前ら何をこそこそ話をしているんだ。その変な機械はなんだ。学校に不必要な物ならば没収するぞ」
部長と美鈴の会話を杉崎が注意する。そりゃ先生を目の前にしてこそこそ内緒話をしているんだ。叱られて当然である。
しかし、困ったことになった。まさかこのタイミングで杉崎がやってくるとは誰も予想していなかった。しかもタイムマシンも完全見られてしまっている。まだ杉崎がこの機械をタイムマシンだと知らないのが幸いだ(仮にタイムマシンだと言ったとしても信じないだろうが)。
俺たちは何も言い訳が思いつかず、黙るしかできなかった。そんな俺たちを見て杉崎は徐々に距離を詰めてくる。
「その変な機械はなんだとさっきから聞いているだろう。どうした、俺に言えないようなものを学校に持って来ているのか。ならば、没収されても文句は言えないよな」
「シンタローさん、どうします?」
「このままじゃタイムマシン没収されちゃいますよね…」
「さすがにタイムマシンを奪われるわけにはいかないからな。仕方がない、こうなったら力業だ」
部長はそう言って、杉崎にタックルした。
「おいお前、いったい何をするんだ。お前3年生だよな。こんなことしてタダで済むと思ってんのか」
杉崎は部長に対して怒鳴り散らかしていたが、部長のタックルの勢いに負けてそのまま部室の外まで追いやられていった。
そのあとすぐに部長が額に汗をかきながら戻ってきた。
「よし、もう一回過去に戻るぞ。杉崎が追いかけてくる!」
部長は勢いよくタイムマシンのボタンを押した。
俺たちの視界は眩しい光に包まれる。