7月20日(金曜日) ②
「シンタローさん、タイムマシンを持ってきたっていったいどういうことです?」
「そのままの意味だよ。俺は昨日いつも通り家でいろいろと実験をしていたんだよ。そしたら偶然できたというわけさ」
俺の質問に部長は何もおかしいことは言っていないというような態度で答える。しかし、突っ込みどころが多すぎて何から突っ込めばいいのか分からない。
タイムマシンというと、それこそかの有名なドラえもんなどに出てくる過去に戻ったり未来に行けたりする装置のことだ。それをうちの部長が作った? 偶然できたと言ったがそんなことありうるのだろうか、普通に考えて信じるに値しない。
「シンタロー、わざわざラインで絶対に来いとか言ってきたから何かと思えば、タイムマシンを作った? 実験のしすぎで頭おかしくなったんじゃない?」
美鈴はもはや哀れみの目を部長に向けている。無理もない。美鈴からすれば、同い年の男が急に訳の分からないことを自信満々に言っているのだ。部長の頭がおかしくなったと心配するのも仕方がないことである。
「俺の頭はいつだって正常だよ。ご存じの通り俺は実験が好きでね。だからこの科学実験部に所属しているわけなんだが、俺と美鈴は3年生。もうすぐ引退だろ? だからこの部活を辞める前までに何かを成し遂げたくてね。実は今までみんなには内緒でこっそりタイムマシンに関する実験をしていたんだよ」
「そして、ついにそれが完成したというわけですか?」
「その通り。とは言ってもまだ実際に使ったことはないんだけどね。なんせ昨日完成したばかりだから。でも理論上は過去に戻れるはずだよ」
突然だが、ここで第一高等学校科学実験部部長、森草進太郎のことを軽く説明しよう。
彼は一言で言えば天才だ。第一高等学校、略して一高は特別偏差値が高い学校ではない。偏差値はだいたい50から55くらい。いわゆる自称進学校と呼ばれる学校だ。だいたいは俺のような、中学生のときにそこまで勉強に力を入れず、テスト期間のときだけ猛勉強してギリギリ平均点を取れるか取れないかくらいの平々凡々な生徒が集まってくる。
ではなぜそんな平凡な生徒の溜まり場一高に彼のような天才がやってきたのかというと、彼は天才と言っても理系科目、特に物理において天才なのだ。ここから先は誰かから聞いた話なので、信ぴょう性は少し欠けるが、噂では彼は中学生のときから物理のテストで100点以外は取ったことがないだとか、高校全国模試で物理の順位が全国1位だったなど、他にも様々彼に関する天才エピソードがある。
しかし、高校の入学試験において大事なのはあくまでも国数英の3科目。彼はその3教科においては平均、なんなら平均以下の点数しか取れなかったため、この平凡な生徒が集まる一高にやって来たというわけだった。
軽くと言ったが少し説明が長くなってしまった。要は何が言いたいかと言うと、そんな物理の天才、森草進太郎が自信満々に「理論上は過去に戻れる」と発言したので、さっきまでは全く彼のことを信じていなかった俺は少しだけそのタイムマシンとやらに興味を持ち始めていた。あの森草進太郎がそこまで自信満々に言うのなら、もしかしたら本当に過去に戻れるのかもしれない。そう感じたのはどうやら俺だけはないようで、さっきまで彼のことをひどく馬鹿にしていた美鈴も彼のことを茶化すのをやめて真面目に話を聞いてみることにしたらしい。
「シンタローがそこまで自信満々に言うってことは、もしかしたら本当に過去に戻れるのかもしれないね。ってか、さっきから過去に戻れるって言ってるけど未来に行くことはできないの?」
「美鈴、いい質問だね。こんなに自信満々に言っておきながら恥ずかしいんだけど、タイムマシンと言ってもまだ過去に戻ることしかできないんだ。しかも24時間前にしか戻ることはできない。まだまだ改善の余地はあるね」
「いや、過去に戻れるってだけですごいよ。やっぱあんた天才だね。さっそくタイムマシンを使ってみようよ」
美鈴はもう完全にタイムマシンのことを信じたようだ。簡単に信じすぎて彼女の将来が少し心配だ。もしこれで過去に戻れなかったら美鈴は部長のことを心の底から馬鹿にするだろう。
「あ、最後にいいかな。俺もせっかくタイムマシンが完成したから、どうせならこの部活のメンバーと使ってみたいと思って今日持ってきたけど、これを使って24時間前に戻っても、そのあとまた今のこの時間に戻れるわけじゃない。過去に戻ったら俺たちはもう一度7月19日の夕方から同じ日を繰り返さないといけない。それでもいいかな?」
「さっきシンタローさんが言ってたように、過去に戻ることはできても未来に行くことはできないからですね。私は大丈夫です」
「1日くらい同じ日を繰り返したって別に何も問題ないよ!」
部長の発言に結衣と美鈴が賛同する。もちろん俺も構わない。
「よかった、みんな過去に戻ることに賛成してくれるんだね。じゃあ、今から過去に戻るよ。24時間前の7月19日の夕方に!」
部長はそう言うと、タイムマシンの真ん中にある大きなボタンを押した。
突如、俺の視界は眩しい光に包まれた。