7月16日(m回目) n<m
部長からタイムマシンを奪いとって、一人で過去に戻るようになってからいったい何日が経過しただろうか。何度過去に戻っても、結衣は死んでしまう。昨日は交通事故で、この前は階段で足を滑らせて、その前は何だっただろうか。もう覚えていない。
部長が前に言っていた言葉を思い出す。結衣が無事に生きれる世界は最初のあの時だけで、もうそれ以外はすべて結衣が死ぬ世界だということだ。やはり、彼の言っていたことは本当だったのだろうか。もう結衣を救いだす方法はないだろうか。
「おはよ、玉森くん。迎えに来てくれてありがとう」
結衣が家から出てきて、俺に手を振ってくる。俺も彼女に手を振り返し、いつも通り、平常を装って彼女と言葉を交わす。
「おはよう、気にしなくていいよ。家が近いんだし、いくらだって迎えに行くよ」
「ふふ、ありがとう。玉森くんは優しいね」
彼女のその笑顔を見て、俺はやはり彼女を助けたいと改めて思う。この可愛らしい笑顔を見捨てるわけにはいかない。
昨日は細心の注意を払っていたはずなのに、俺の横を歩いていた彼女だけをピンポイントでバイクが撥ねていった。いつだったか忘れたが、上から鉄骨が降ってきたこともあった。俺はその度にタイムマシンを使い、過去に戻った。彼女を救うために。
前後左右、そして空や地面にまで注意して、絶対に結衣が死なないようにする。
「玉森くん、どうしてそんな怖い顔してるの、何かあった?」
結衣が心配そうな顔をしてこちらをのぞき込んでくる。
「あ、いや大丈夫だよ。ごめんちょっと考え事してただけ」
つい顔に出てしまっていたらしい。そりゃ怖い顔にもなるさ。好きな人が何回も目の前で死んでいたら、誰だって怖い顔になる。だが、結衣に怖い思いをさせるわけにもいかないので俺は無理やり笑顔を作った。
「どうしたの玉森くん。なんか顔変だよ」
どうやら俺には演技の才能はないらしい。結衣の今の一言によって俺が将来イケメン俳優になる未来が消え去ってしまった。まあイケメンじゃないから最初から無理なんだが。
「顔が変なのはいつものことだよ。それで、なんの話してたっけ」
周りに細心の注意を払いながら、学校へと歩む。
そして、無事に学校までたどり着いた。
今日は調子がいい日だ。学校に着く前の、この通学途中でだいたい結衣は死ぬ。学校まで行けたとしても、まだ油断はできない。本当にいつ何が理由で死ぬのかが分からないのだ。
HR、授業中、昼休憩、すべての時間の間、結衣のことを見守り続けた。
そして、何も起こらないまま、学校が終わった。
本当に珍しい。あとは結衣が無事なまま家まで送り届ければいいだけだ。もしかしたら本当に、この悪魔の16日を突破できるかもしれない。今まで、結衣が死なないまま学校を終えたことなんてほとんどなかった。体に緊張が走る。
「玉森くん、やっぱり何かあった? 今日一日ずっと怖い顔してるよ。私なにかしたかな」
結衣が心配そうにこちらを見てくる。ああ、どうしてこうも顔に出てしまうのか。結衣に余計な心配をかけてしまっているじゃないか。だが無理もない。今までこんな長い間結衣が生きていることなんてなかった。もしかしたら本当に今日はこのまま結衣が死なずに終わるかもしれない。
「本当に何もないよ。大丈夫、元からこういう顔だよ」
俺は適当にその場をやり過ごす。あと少しだ。あと家に着くまでの数十分、周りに細心の注意を払っていればいい。額に汗が垂れる。遠くから聞こえる車の音にも敏感に反応してしまう。あと少し、あと少しの辛抱だ。きっと今日を逃したらこの先結衣を助けることはできなくなってしまうだろう。そんな気がする。
学校から家までこんなに遠かっただろうか。いつもと何も変わらない道なのに、今日だけは本当に遠く感じる。今すぐにでも結衣の手を引いて家まで走りだしたい。だが、きっとそんなことをすれば結衣は死んでしまうだろう。あくまでもいつも通りなのが大事なんだ。根拠はないがそう感じる。何か少しでも下手なことをしてはいけない。落ち着いて歩け。自分の好きな人を救うために。
ゆっくりと、本当にゆっくりと、だが確実に歩み続け、ついに結衣の家までたどり着いた。
「や、やっとここまでついた。長かった。本当に長かった」
あまりの嬉しさに涙が出そうになる。ずっと張りつめていた緊張の糸が途切れ、俺はつい地面に座ってしまった。
「ど、どうしたの玉森くん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。心配かけてごめん。ちょっと歩き疲れただけ」
結衣はいきなり座り込んだ俺を見て驚いている。
「そ、それならいいんだけど。わざわざ家まで送ってくれてありがとね」
結衣が無事に家の中まで入っていくのを見届けてから、俺も自分の家へ帰ることにした。
ついに、結衣が死なずに今日を終えることができた。だが、まだ完全には安心できない。もしかしたら明日以降、何か結衣が危険な目に遭うかもしれないのでこれからしばらくは気が気じゃないだろう。ただ、それでも魔の16日を突破できたのは本当に大きい。とりあえず、20日までは今まで通り細心の注意を払っていこう。初めてタイムマシンを使った20日。あの日から俺は過去をさまよい続けている。
自室のベッドで横になりながら、これからのことを考える。カーテンの隙間から月の光が差し込み、俺の部屋を少しだけ照らしていた。