7月16日(n回目)
何度過去に戻っても、何度やり直しても結衣は死んだ。
もう、結衣の死体を見ても驚かなくっていた。
だが、俺は何回過去をやり直してでも絶対に結衣を助ける。そう心に決めた。もう何度過去に戻ったか分からない。今日がいったい何回目の“7月16日”なのか数えていない。
毎日毎日、同じ日を繰り返していると精神が崩壊しそうになる。もしかしたらもう既に崩壊しているかもしれない。きっと崩壊している。俺の心はぐちゃぐちゃだ。その証拠に結衣の死体を見ても何も思わなくなってきた。ただ、「ああ、またか」と思うだけだ。
それも当然だ。だって好きな人が目の前で死んでいるんだ。あの日、いつだったか忘れたが結衣を好きだと自覚した日。そう、7月15日のことだ。カレンダーの数字だけを見れば昨日のことなのに、もうずっと昔のことのように感じる。
「玉森、ちょっといいか。話がある」
声がした方を見ると、そこには部長と美鈴さんがいた。彼らはいったいいつからそこにいたのだろうか。全く気が付かなかった。彼らも結衣を救うために何度も過去に戻っているので、とてもやつれた顔をしている。美鈴さんは今にも泣きそうだ。
「なんですか、シンタローさん。それよりも、過去に戻らないと。また今日もダメだった。また結衣が死んでしまった」
「そのことで話がある。美鈴には先に話したんだが、もう過去に戻るのをやめないか」
部長が言った言葉の意味が分からなかった。どういうことだ。だって過去に戻らないと結衣を救えない。結衣が死んでから24時間経ってしまうと、もう結衣が死ぬ前には戻れない。彼女の死が本当に現実になってしまう。
「どういうことですか。結衣を見捨てるって言うんですか」
「ああ、そうだ。結衣ちゃんのことはもう諦めよう」
その言葉を聞いた瞬間、俺は部長に掴みかかっていた。
「どうしてですか。あなたの作ったタイムマシンを使えば結衣が死ぬ前に戻れる。そうすれば結衣が生きれる未来があるかもしれない。せっかく過去に戻れるっていうのに、どうして結衣を見捨てるんですか」
「それだよ、今お前が言った言葉。結衣ちゃんが生きれる未来があるかもしれない。だけど、もしその未来がなかったらどうする」
「何が言いたいんですか」
「俺が前に言った、パラレルワールドって言葉覚えているか」
パラレルワールド。今いる世界と並行して存在している世界のことだったか。たしかに部長はそんなことを言っていたような気がする。
「ええ、覚えていますよ。それがどうしたんですか」
「いちばん最初の、まだ一度もタイムマシンを使う前の結衣ちゃんが普通に生きていた世界があるだろ。もしかしたら、あの世界だけが結衣ちゃんが普通に生きていける世界だったのかもしれない。あれ以外はすべて結衣ちゃんが死ぬしかない世界だったのかもしれない」
あのとき以外の世界線すべて、結衣が死ぬしかない世界だと。この人は何を言っているんだ。パラレルワールドは無限に存在すると言っても過言じゃない。あのとき以外にも結衣が無事な世界は存在するに決まっているじゃないか。
それに、もし部長が言っていることが正しいとすると、結衣を殺したのは俺みたいなものじゃないか。俺がテストの出来が悪いだなんていう、しょうもない理由で過去に戻ったりしたから結衣は死んだのか。通り魔犯が逮捕される前までに戻ってしまったから結衣は死んだのか。そういうことなのか。
「じゃ、じゃあ、シンタローさんの言っていることが本当だっていうなら俺が結衣を殺したみたいなものじゃないですか。尚更責任とって結衣を助けないと」
「玉森くんのせいじゃないよ。誰も結衣ちゃんが死ぬなんて思っていなかった。あれは事故だよ」
「美鈴の言う通りだ。結衣ちゃんが死んだのはお前のせいじゃない。誰かに責任があるとすれば、それはタイムマシンを作った俺だ。申し訳ない」
部長は俺に頭を下げた。年上の部長が、俺に頭を下げている。別に俺は部長が悪いだなんて思っていない。悪いのは俺だ。
「やめてくださいよ、シンタローさん。そうやって頭を下げられても困ります。そもそも俺はシンタローさんの責任だなんて思っていません」
「お前がなんと言おうと、俺は責任を感じている。玉森が自分のせいだと思っているのと同じだ。だから、ここは謝らせてくれ。タイムマシンなんて作ってきて済まなかった」
やめてくれ。本当にやめてくれ。俺はまだ結衣を諦めたわけじゃないんだ。それなのに、そんな言い方をされては諦めざるを得ないじゃないか。俺はまだ結衣を諦めたくない。俺は結衣を好きなんだ。あなたたちからしたらただの部活の後輩に過ぎないかもしれないが、俺の幼馴染で俺の好きな人なんだ。俺は結衣を救いたい。
「頭を上げてください。俺は本当にあなたのせいだなんて思っていません。そんなことよりシンタローさん、今ってタイムマシン持ってます?」
「え、ああ。一応持ってるよ。これは基本常に持ち歩くことにしている」
部長は俺にタイムマシンを見せてくる。
「シンタローさん、俺は本当にあなたのせいだなんて思っていません。ですが、俺は結衣を諦めるつもりはないです」
俺は部長からタイムマシンを奪い取った。そして、それを手に持ったまま彼らの前から走りだす。
「玉森、待て。結衣ちゃんを救いたいのは分かるが勝手なことはするな」
部長が俺を追いかけようとしてきたのを、美鈴さんが止めた。
「シンタロー、ごめん。玉森を行かせてあげよう。もしかしたら、彼の想いがあれば結衣ちゃんを救いだすことができるかもしれない」
ありがとう、美鈴さん。
俺は心の中で美鈴さんに感謝の言葉を告げた。
無我夢中で走った。全力で走れば、もしかしたら結衣が生きていける世界にたどり着けるんじゃないかと思った。だが、運動不足な俺の体はすぐに悲鳴をあげ、走ることはできなくなった。肺が痛い。どれだけ息を吸っても俺の体は酸素が足りないと嘆いてくる。
俺は道路の隅に座り込み、呼吸を整えた。通行人たちが俺のことを変な目で見てくる。男子高校生が一人で道端に座り込んでいるっていうのに、誰一人として声をかけてくる者はいない。冷たい世の中だ。
部長が追いかけてくることはなかった。完全に撒いたのか、それとも美鈴さんがずっと引き留めてくれているのかは分からない。だが、これで過去に戻ることができる。俺は周りに人がいないことを確認してから、タイムマシンのボタンを押した。
俺の視界は眩しい光に包まれた。