7月15日(3回目)②
家でスマホをいじりながらダラダラとしていると、あっという間に家を出る時間になった。俺は結衣に『今から迎え行く』とだけラインした。美鈴さんから念のため結衣ちゃんと一緒に来てと言われたのだ。また俺をからかっているのかとも一瞬疑ったが、美鈴さんの表情は真剣だった。確かに、俺たちは結衣を救うためにもう一度過去に戻ったのだ。今から公園に行くときにも結衣に何か危険が降りかかるかもしれない。念には念を入れておいた方がいいだろう。
結衣の家の前まで行くと、彼女は玄関の前に立っていた。久しぶりに彼女の私服姿を見たが、やはり可愛い。シンプルな服装だが、それでもオシャレに気にかけていることは伝わる。大人しい結衣らしい服装だ。
「おはよ玉森くん。わざわざ迎えにきてくれてありがとう」
結衣は可愛らしい笑顔を俺に向けて挨拶してくる。
「おはよう。全然気にしなくていいよ。久しぶりに学校以外で結衣に会ったけど私服可愛いね」
「えっあっありがとう。それよりも部活のみんなと遊ぶのなんて初めてだよね、楽しみ」
結衣は少しだけ顔を赤らめてすぐに話題を逸らした。きっとこういうことを言われるのに慣れていないのだろう。ちなみに俺も慣れていない。今噛まなかったのは奇跡だ。緊張しすぎて絶対に噛むと思っていた。美鈴さんから結衣に会ったらとりあえず私服を褒めろとしつこく言われたので、勇気を振り絞って褒めてみたがぎこちなくなかっただろうか。かなり不自然だった気がする。だが、勇気を出したおかげで照れて可愛い結衣を見られたので美鈴さんには感謝しよう。ありがとう美鈴さん。
「部長と美鈴さんは3年生でもうすぐ部活を辞めないといけないからね。その前にみんなで思い出作ろうってなったんだよ」
「そうなんだ。あの2人が辞めちゃったら寂しくなっちゃうね」
俺が適当に考えた理由を結衣はあっさり信じてしまう。まさか彼女は今日の集まりが自分のためであるとは夢にも思わないだろう。
他にもいろんな他愛無い話をした。結衣と2人きりでこんなに話すのはなんだか久しぶりな気がする。もうすぐ集合場所にたどり着くというところで、結衣が口を開いた。
「なんだか、玉森くんとこうして一緒に歩いてると昔一緒に学校に行ってたのを思い出すね。まあ今は制服じゃなくて私服だけど」
「そうだね。でもあのときは周りの奴らに冷やかされて途中で一緒に行くの辞めちゃったんだよね。俺はそれからずっとぼっちで学校行ってたよ」
「私も一人で行ってた。今だから言うけど、寂しかったよ。私は周りの人に冷やかされても玉森くんと一緒に学校行きたかったな」
まさか結衣がそんなことを考えていたとは意外だった。結衣は周りから冷やかされるのが嫌だから、俺と一緒に登校するのを拒んでいるだろうと思っていたが違ったのだ。
「じゃあさ、明日からはまた昔みたいに一緒に学校行こうよ。もし結衣が良ければだけど」
「ほんと? いいよ、行こっか」
結衣は嬉しそうに微笑んでいる。
あ、俺、結衣が好きだわ。
唐突にこんなことを思った。特別な理由なんてない。ただ、今そう思っただけだ。この先もっと結衣と仲良くなって、お互いのことをより深く知れたら告白しよう。今決めた。
集合場所の公園に着くと、もう既に部長と美鈴さんの2人がいた。
「おはよ結衣ちゃん。それと玉森も」
「おはようです。学校以外で会うとなんだか変な感じですね」
「そうだね。じゃあさっそくご飯食べに行こっか。私もうお腹ペコペコすぎて死にそう」
俺たちは適当な店に入って昼食をとった。そのあと、大型デパートに行き、みなそれぞれ欲しいものを買ったり、プリクラを撮ったりした。結衣と美鈴さんはレディース服店でなんだか楽しそうにキャッキャしていた。ちなみに俺たちは店の外からそれを眺めていた。2人には一緒に入ろうと言われたが、童貞の俺にはさすがにそこに入るメンタルはなかった。やはり部長もこういうお店に入るのは抵抗があるのかと思って話しかけたら「店の中に入ったら結衣ちゃんと美鈴の2人しか見れない。だが外にいれば他の可愛い女性客も全員眺める」と言っていた。どうやら彼は物理においてだけの天才ではなかったようだ。
ショッピングが終わったあとはカラオケに行った。想像通り美鈴さんは歌がとても上手かった。意外だったのは部長も地味に上手かったことだ。結衣はあまりカラオケに慣れてないのか、最初は恥ずかしそうに歌っていたがそれでも普通に上手い方だった。要は俺以外の3人は普通に歌が上手かった。だが俺は自分が音痴でも堂々と人前で歌うことができるという特殊スキルを持っているので何も問題はなかった。何事も大事なのはメンタルなのである。
そのあと、少し早めの夜ご飯を食べて、俺たちは解散した。結衣と2人で帰っていると美鈴さんから『絶対に結衣ちゃんを家まで送っていくこと』とラインが来た。そう、今日は普通に楽しい休日だったが、いちばんの目的は結衣を救うことだ。今日このまま無事に結衣を家まで送り届ければ何も問題はない。
正直、このときの俺はもしかしたらまた通り魔が結衣を襲いにかかってくるんじゃないと思い、気が気でなかった。しかし、俺のその心配は杞憂に終わり、何事もなく結衣の家までたどり着いた。
俺は美鈴さんと部長の2人に『今結衣を家まで送りました』とラインした。
俺は自室のベッドに横になり、深いため息をついた。なんだか今日はとても疲れた。朝早い時間からずっと行動していたので、体力的な疲れももちろんあるが、それ以上に精神的にかなり疲れてしまった。気付いた時には、俺は深い眠りへと落ちていた。