7月15日(3回目)
つい先ほどまで降っていた雨がピタリとやんだ。より正確に言えば、タイムマシンのボタンを押す前まで降っていた雨が、眩しい光のあと気が付けばやんでいた。
「これからどうしましょうか。まだ朝の8時ですけど」
俺はスマホで時間を確認しながら2人に言った。
「ねね、今日も結衣ちゃんと会っていた方がいいんじゃない? 2度目の15日の下校中に通り魔に殺されたんでしょ。そうだとしたら3度目の今日も何か危険なことが起こるかもしれない」
「確かに美鈴の言う通りだな。念のため今日も結衣ちゃんと会っていた方がいいだろう」
「そうだよね! じゃあ玉森、結衣ちゃんに連絡して」
「えっ俺ですか? 美鈴さんが誘えばいいじゃないですか」
「別にそれでも構わないんだけどね、ほら、やっぱりこの中だったらいちばん玉森が結衣ちゃんと仲いいじゃない。幼馴染なんだし。私が誘ったら年上ってこともあって少しだけ警戒されそうだし」
美鈴さんらしくないことを言う。彼女は自分が仲良くなりたい人がいれば構わず自分からアタックしていくタイプだと思っていたが、意外とそういうわけでもないのだろうか。美鈴さんに遊びに誘われれば結衣だって喜ぶだろうに。
「そうは言っても、俺も結衣とプライベートで遊ぶことなんか全くないですよ。ほんとに幼馴染ってだけでそれ以上でも以下でもないです」
「いいから早く誘ってよ。それともなに、あんたまさか緊張してんの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! 何年の付き合いだと思ってるんですか」
口ではそう言ったが、図星だった。俺と結衣は幼馴染で昔からそれなり仲がいいが、プライベートで遊んだりすることはなかった。
「それとも私たちはお邪魔かしら? 玉森が結衣ちゃんと2人で遊びたいって言うんだったら私たちは素直に帰るけど?」
美鈴はニヤニヤしながらこちらを見てくる。そこで初めて美鈴さんはただ俺をからかっているだけだと気づいた。この人、俺には結衣を遊びに誘う勇気がないと思っていやがるな。あまり童貞扱いされては困る。もちろん俺は童貞だが、心まで童貞になってはいけないのだ。
「なに言ってるんですか。分かりましたよ、俺が誘えばいいんですよね」
俺はスマホでラインを起動し、結衣とのトーク画面を開く。なんて言って誘おうか。科学実験部のみんなでご飯行かない? くらいが要件も伝わるしシンプルでいいか。俺がそんなことを考えていると、美鈴さんが口を開いた。
「ちょっと、なにモタモタやってんの。早く電話してよ」
「で、でんわっ!?」
電話となるとまた更にハードルが上がる。自分から女の子に電話をかけたことなどほとんどない。逆にかかってきたこともほとんどない。悲しい。
「ラインだといつ返信くるか分からないでしょ。まあ、ちょっと朝早い時間だけど結衣ちゃんなら日曜のこの時間でも起きてるでしょ」
「た、確かに結衣はもう起きてると思いますけど…」
しかし、だからと言ってこんな急に電話かけるか? だがもうここまできた以上引き下がることはできない。俺は結衣に電話をかけた。
『も、もしもし。こんな朝早くにどうしたの?』
結衣はすぐに電話に出た。スマホから彼女の戸惑った声が聞こえる。
『あっもしもし。こんな朝早くにごめんね。今日って何か予定あったりする?』
『今日? 今日は特に予定ないけど…、何かあった?』
『それがさ、今美鈴さんと部長と一緒にいるんだけど、よかったら今日この4人で遊ばない?』
『美鈴さんと部長と一緒にいるの? 遊ぶっていったい何するの?』
『色々あってね。まあとりあえずはご飯行ったり適当に何か遊んだりとかかな』
『そっか、美鈴さんもいるなら行こうかな。今日は暇な予定だったし』
美鈴がいるなら行くとはいったいどういう意味だろうか。まさか俺との2人きりだったら行かないということか。いや、きっと美鈴がいないと女は結衣一人になってしまうためさすがにそれには抵抗があるということだろう。決して俺との2人きりが嫌だとかそういう意味ではないはずだ。うん、たぶん。
「ちょっとスマホ貸して」
そう言って美鈴は俺のスマホを奪い取った。
『あ、もしもし。結衣ちゃん? 美鈴だよ』
『美鈴さん! おはようございます』
『こんな急に誘っちゃってごめんね? 11時くらいに集合でいいかな?』
『あっはい大丈夫です! お昼ご飯はみんなで一緒に食べる感じでいいですよね?』
『うんそれで大丈夫だよ。じゃあまたあとでね』
そう言って美鈴さんは電話を切った。俺はスマホで時間を確認する。
「11時集合ってまだあと3時間近くありますよ。俺たちはどうするんですか?」
「確かにやることないけど、さすがにこんな朝早くに急に電話して今からすぐ集合は結衣ちゃんに申し訳ないからね。それに女の子は準備に時間がかかるのよ」
確かに美鈴の言う通りである。男の俺だってこんな朝早くに急に今から集まろうなんて言われたら少し面倒に感じる。女子だと化粧などの時間もあるので尚更面倒だろう。
「じゃ、俺たちは1回帰るか。結衣ちゃん以外制服だったら彼女もびっくりするだろうし」
今までずっと黙っていた部長が口を開いた。もしかしたら今ここには俺と美鈴さんの2人しかいないと勘違いしていた人もいるんじゃないだろうか。これが叙述トリックというものである。
「そうですね、じゃあ今度は私服で11時に集合ってことで」
俺たちは一度自分の家に帰ることにした。この場で俺たちが決めた約束は2つ。1つ目は私服で11時に集合すること、2つ目は結衣が別の世界線で一度死んだことを彼女に内緒にすることだ。きっとそのことを結衣に言ったら彼女はすごくショックを受けると思うので、結衣には言わないことにした。
帰路を歩いている最中、俺のスマホが震えた。誰かからラインが来たのだ。スマホを見ると、美鈴からこうきていた。
『ごめん集合場所決めるの忘れてた! 学校近くの公園集合で!』
確かに集合時間だけ決めて場所を決めるのを忘れていた。俺は『了解です』とだけ返信して、再び歩き出した。