遊園地の姉弟「六」
なんか気分で連続投稿しちゃいました。
特に理由もない投稿なのであれっとお思いの方もいるでしょうが、まあラッキーだったとでも思っていただければ結構です。
あと、この回で第二章が終わります。
明日からは第三章に突入するので心の準備お願いします。
夕方──遊園地大広場。
仲良し姉弟の嬉恥ずかしドキドキデートも永遠に続くというわけではなく、太陽が傾き世界が紅に染まったことで、その終わりを覗かせる。
「姉さん、どうだった? 楽しんでくれた?」
手ごろなベンチに腰かけた二人はゆったりとした様子で話し始めた。
「とっても楽しかった。ありがとう、誘ってくれて」
心の底からそう思う。ここのところ、隼と二人で遊びに行くことがめっきり減って優としても寂しく感じていたのだ。これが「恋わずらい」だったと、今の自分なら痛いほどわかる。
「姉さん」
隼が優の名前を呼ぶ。普段の頼りない声音とは違う、覚悟を決めた物語の主人公のような静かな声だった。
「最後に一か所だけ。……観覧車に乗ってもいいかな? 話したいことがあるんだ」
頭のなかで隼の言葉を反芻し、答えを出す。
「……うん、わかった」
優と隼はそれっきり無言で観覧車まで歩き、ゴンドラに乗った。周りの目も二人を邪魔する音もない、ただ一定の高さまで徐々に高度を上げていくのみの、話をするにはもってこいの場所で、優と隼のすれ違いが今、正される。
*
ゴンドラに乗り込んでから一分ほど経ったころ、隼は沈黙を破り声を出した。その言葉を一言も聞き逃さないように、しっかりと耳を澄ませる。
「姉さん、あの日のこと覚えてる?」
「十一年前にここに来た日のこと?」
わざわざ記憶から引っ張り出す必要もなく、自然とそう口に出していた。
「そう、僕たちが二人そろって迷子になったあの日のこと──」
あの日。
十一年前、家族になったばかりの四人がここに来た日のこと。
(もちろん、忘れるわけがない。だって、あの日に、私は──)
「舞香ちゃんを見てたらさ、思い出しちゃったんだ」
昔のことを懐かしむように隼は空を眺めている。
「たしか隼くんは舞香ちゃんと同じくらいの年齢だったもんね」
優と隼が出会い、家族になった日から一か月たったころに、遊園地に来たことがある。
小日向優、十二歳。
小日向隼、八歳。
いくら家族になりたての、ぎくしゃくした関係性だったとしても、さすがに遊園地来れば、年相応はしゃいでしまいたくなるものだ。
「あの日、僕たちは二人きりで迷子になったんだよね」
初めて来たテーマパークで右も左もわからないくせに、下手に動いてもいい結果を招くとは到底思えないのに、それがわかっていても優と隼は二人だけという心細さから、両親を探しにあちこちへと移動してしまった。
「ごめんね、もっと私が落ち着いていれば……」
「姉さんのせいじゃないよ。そもそも僕がはしゃぎすぎちゃったのがいけないんだから」
「それを言えば私だって……」
(今思えば、危ない目に合わなかったことが奇跡的なことだったんだろうな)
優も隼も幼いころから容姿だけは整っていたし、幼いいたいけな少年少女が涙目でぷるぷる震えていたら、きっと特殊性癖を持っていなくたって、二人の姉弟に手を伸ばさずにはいられなかっただろうから。
「舞香ちゃん、お姉さんが見つかってよかったね」
隼は見上げるよりも、景色を見る段階まで上がっていったゴンドラのなかで、そっとつぶやいていた。優もそれに倣って紅に染まった遊園地を上から眺める。
「本当に良かった。あのまま一人だったらきっと寂しかっただろうから……」
優の脳裏に浮かぶのは、二人が迷子になってからちょうど一時間ほど経ったときのこと。どれだけ探しても両親が見つからず、精神も疲れ果てていたときのこと。
「姉さん」
隼の静かで、思わず心臓がドキドキしてしまいようになるほど魅力的な声が耳に届く。
優はいつの間にかうつむいていた顔を上げ、これまた隼の双眸に見つめられていたことを知る。
──迷子になって、探し回って、結局見つからなくて、寂しさで目を潤ませていた。
「僕は決して忘れないよ」
幼いころからしたらずいぶんと低くなった声が、小日向優の「心」に向けて放たれる。
それはあの日の隼にどことなく似ていた。
──そんなとき。
「姉さんは、あの日の僕の小さくてささやかな決意を覚えてくれてるかな?」
──お姉ちゃん、だいじょうぶだよ。僕がいる。僕がぜったいまもってあげる。だから、泣かないで!
隼の口から紡がれるのはあの日の誓いの言葉。
幼いながらも泣きそうな少女を見て精一杯の強がりをしてみせた優しい少年の決意の言葉、
でも、それだけではなかった。
「たとえこれから先、どんな危険が姉さんを襲うとしても、僕がそばにいる! 僕が姉さんを守って見せる! 泣かせたりなんて絶対にしない!」
隼の口から紡がれたのは以前の決意より強い、小日向優のへの誓いの言葉だった。
そして。
その言葉は、その叫びは、愛という名の尊くてきれいな軌跡をたどりながら、たった一人のもとへ届く。
もちろん、愛の言葉を添えて。
「姉さん、いや優、あなたのことが大好きです」
それは必中の矢として優の胸に突き刺さった。
──姉弟で、恋愛なんて……。
過去の自分の言葉だ。姉弟で恋愛をするのが怖くて、逃げて、自身の感情を認めまいとしたごまかしの象徴。
(それでもいい。姉弟で恋愛したっていいんだよ)
小日向優は、そんなうじうじとした悩みを一蹴する。
(だって、私も──)
優も、心のなかの感情に従って、心の底からの想いを打ち明ける。
「わ、私も! 隼くんのことが大好き!」
優のその言葉は、まるでそうあるべきという運命に導かれたように、二人の乗ったゴンドラが回り続ける運命の観覧車の頂点に至るその瞬間だった。
*
夜──千尋寝室。
(隼と優さん、大丈夫だったかな)
千尋はベッドの上でゴロゴロと動きながら、本日遊園地に行った両片思いの姉弟のことを考えていた。
優に買ってもらったピンクのウサギの着ぐるみパジャマに身を包んでいるその姿は誰が見ても心を撃ち抜かれること間違いなしだろう。恋愛対象として扱うかはまったく別の話にはなるけれども。
(まあ、本人たちはまったく気づいてないけど、もう結婚待ったなしな感じだからな)
なんて、そんなことを思っていると。
プルルルルン。
メールの着信を知らせる陽気な電子音──ショッピングモールで後輩たちに無理やり変えられた──が静寂に包まれていた千尋の部屋に小さく響いた。
ベッドの上に無造作に投げ捨てられてあったスマートフォンを手に取り、メールを開く。
──私たち、付き合うことになりました。詳しいことはまた明日話しましょう。(綺麗な夕日の写真が添付されている)
「──ふぇ⁉」
普段出さないような変な声を出してしまっていた。自分の目がおかしくなったのかと思い、もう一度じっくり読んでみたが、書いてある内容に変化などあるはずがない。
(てことは……)
「ま、マジか……」
目を見開き、口をあんぐりと開けて、唖然としている姿は、青年でも少女でもなく、純度百パーセントの小山内千尋だった。
だがしかし、まだ足りない。驚愕するにはまだ早い。
(ん?)
千尋は写真の下にも優からの文章があることにきづく。すぐさま自分からしても小さくてはかないと感じてしまう指で画面をスクロールし。
「────⁉」
書かれていた衝撃的な内容に、目を丸くし、その手に持っていたスマートフォンをベッドの上に、ぽすん、という音とともに落とした。
スマートフォンの画面にはこう表示されていた、
──PS 千尋くんも内海くんとの恋、頑張ってくださいね。