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遊園地の姉弟「五」

もう五日目ですよ。

書き溜めているものを順次吐き出すだけの作業とは言いましても、PV数がの推移を見ているだけでも随分と緊張するものです。

ついでではありますが、ここまでついてきてくださり、ありがとうございました。明日以降もまだまだ続きますのでよろしくお願いします。


 日曜日──遊園地。


 遊園地の大広場ではカップルではない二人が、小日向優と小日向隼が木陰に立ちながら、これからの動きについて話していた。もちろん、手は繋いだままである。誰が見ても疑いようのないカップルぶり。


「じゃあ、どこから回る?」


 内海たちと話すときとも、心の中でのときとも違う、純粋な義弟への親しみの声。


「姉さんが好きなところでいいよ」


 そう言われるのが物事を決めるに際し、いちばん困る回答なのだが、今の有頂天な優にとってそれは、隼が意図する通りだろう「好きに決めていいよ」をそのままの形で受け取ることに成功していた。


「なら、最初はゆっくりしたところが良いかな……」


「りょーかい」


 隼のそんな言葉に合わせるようにして、優と隼は再び歩き出した。手のひらから伝わる温かくどこか頼もしさを感じさせる感触が、隣に隼がいることを思い出させてくれていた。


「──あ」


 ……気づけば、優の右手はなにも掴んでいなかった。ついさっきまであったはずの温かさはもはや残滓しか感じられない。

 これはたぶん、歩きやすいようにという隼の優しさの表れなのだろう。隼にはなんの悪気もなくて、ただ純粋に自分のことを思ってくれた結果なのだ。


 そう、わかっていたはずなのに。


(……やだ)


 ぎゅ。


 いつもより一歩分近くにいる隼の手を握る。自身の心に従って、デートだからと自分の心に言い訳もして。


「私は大丈夫だから。……もうちょっとだけ、このままで……おねがい……」


 顔が熱い。熱もないのに頬が紅潮している。隼を直視するのが無性に恥ずかしくて地面に視線を向けてしまう。


「うん、姉さんがそうしたいなら」


 たぶん、隼は笑ったのだろう。そんな声がする。


「ありがとう、隼くん」


 感謝を伝えようとした言葉にしては、ぼそっとつぶやいただけになってしまったが、今の隼との距離感を考えれば、十分すぎるくらいに聞こえる声だ。


「別にお礼を言ってもらえるようなことはしてないよ」


「……やっぱりそういうとこ、ずるい」



   *



 それから優と隼は遊園地を思いっきり楽しんだ。


 優の希望であったファンシーでゆっくりとしたものから、心なしかの絶叫系、ホラー系も、最終的にはゲームなど、様々なアトラクションを満喫した。


 楽しんで満喫して、忘れられない思い出を作りながらも、優のなかで消えてくれなかったものがある。

 それは千尋が言語化してくれた優の隼への感情の名前。



──優さんは、隼のことが大「好き」なんですね。



 それは小日向優がたどり着くことを心底恐れていた答え。


 自分が義弟に恋をしたことを、「家族」に恋をしてしまったことを突き付ける真実の言葉。


(これは、デート……)


 心の中で言葉にしただけで恥ずかしさがこみあげてくる。

 ドキドキドキドキ。

 顔が赤くなり、動悸も早くなっていくのが嫌でもわかってしまう。


(私は、隼くんのことが──好き)


 今まで感じたことはあっても自覚したことのなかったその感情の名前を、優は心のなかでそっとつぶやく。


「姉さん」


 そして優の思考は深層から現実へと回帰する。優は自分の名前を呼ぶ隼の声に顔を上げた。さっきまでの顔が真っ赤になる思考は深層に置いてきた……はずだ。


「どうしたの、隼くん」


 隼が優にだけ見えるように小さく人差し指を右方向に動かした。それにつられて優も視線を移動させる。


「姉さん、あの子……」


 隼が指し示す先には人の少女がいた。いや、少女が一人でいた。


 TSした千尋よりも小さい十歳ほどと見える体躯に奥ゆかしさを感じる色の和服を身にまとっている。一見するとただの和服少女にしか思えない姿ではあるが、決定的に年相応ではない部位が一か所だけあった。


 胸である。

 少女の胸は年相応ではないどころか、子供の範囲にすら収まっていないほどの大きさを誇っており、優も女性ながら思わず息を呑んでしまった。


 次いで、優は自分の体を見下ろし、もう一度少女の体を見て、そしてはあああ、と大きな大きなため息を「心のなかで」ついた。


(そんなことよりも)


「どうしたのかな?」


 胸囲の差についての問題を心の奥底に追いやり、厳重に封印をほどこした優は何事もなかったかのようにこてんと首をかしげる。


「見る限り一人っぽいけど、迷子だったり?」


「隼くん、それ当たりだと思う」


 和服姿の少女は周りをキョロキョロと見渡して誰かを探しているようだった。心細いのか蚊の鳴くような声で必死に上を見上げ、保護者を探しているようだ。


 キョロキョロ、ビクビク。


 キョロキョロ、ビクビク、キョロキョロ、ビクビク。


「……ちょっとあの子に話しかけてくる」


 優は言うが早いか、少女へ向けて一歩を踏み出していた。


「うん、姉さんならそう言うと思った。──僕も行くよ」


 十メートルにも満たないであろう距離を二人で歩き、少女の近くにたどり着いた。名前も知らない少女は優たちが近づいても一瞬目を向けるだけですぐに逸らしてしまう。

 優は守った上げたくなるような庇護欲をそそる少女に対し、同じ目線になるようにしゃがんで。


「こんにちは」


 びくっとしてこちらを振り向いた少女はビクビクとした小動物的所作を見せ、蚊の鳴くような小さな声を出した。


「こ、こんにちは、なの」


 緊張しているというよりは、警戒しているような雰囲気を醸し出して体を固くしていた。


「さっきから誰かを探しているみたいでしたけど、どうかしましたか?」


 さすがに子供相手に敬語はどうかとも思ったりもしたが、急に親近感を持たれて話しかけられても、少女にしてみれば、ただただ気持ち悪いだけだろうと、敬語を貫くことにした。


「えっと、その……」


「もしかして……連れてた人とはぐれちゃったとか?」


 こくり。隼の言葉に少女はぎこちなく頷いた。


「いつの間にかお姉ちゃんとはぐれちゃってて、どうしていいかわか、らな、い、の」


 少女の声がだんだんと掠れたものになり、目には大きな涙が溜まり始めた。


「お名前はなんですか?」


 その涙が零れ落ちることのないようにさっとハンカチを差し出し、話を小さく転換する。


「舞香、朝野舞香なの」


 ハンカチを目にあてがいながら少女──もとい、朝野舞香は名を名乗った。


「お姉さんのほうも教えてくれますか?」


「美海お姉ちゃん、なの」


 朝野美海。

 保護者と迷子の名前さえ知っていれば、園内放送で探し出すことも容易になる。


「ありがとうございます」


 優は穏やかな顔で、心理カウンセラーお得意の安心させるような、「ヒールスマイル」を浮かべた。


「いつからはぐれちゃったの?」


「……いつの間にか一人になってたの、だからわからないの」


 首をふるふると振る姿に、抱きしめたくなる欲望をそっと堪えながら、


「そっか」


「どうする姉さん、迷子センターに届ける?」


「うん、そうしたほうがいいと思う」


 うんうんと、隼のもっともらしい意見に首肯していると。


 きゅるるるる。


 かわいらしい音を鳴らした小さい和服の妖精は顔を真っ赤にして「なの、なっちゃったの……」と恥ずかしそうにうつむいていた。


「届ける前に、なにか軽いものでも食べますか?」


 こくこく。


 思えばそろそろ昼食を食べなければならない時間である。



   *



 一時間後──迷子センター。


「舞香を見つけていただき、ありがとうございます」


 朝野美海はそう言って優の手をぎゅっと握りしめていた。よほど妹を心配していたのか、見つかったことを涙まで流して喜んでいる。


「いえいえ、偶然見つけただけですので」


「それでも、見つけていただきありがとうございました!」


 惚れ惚れするようなきれいな九十度で、美海は再び感謝の意を示す。これには、人に感謝されることには慣れているだろう優をしても、おろおろするしかないようだ。


「良いお姉さんだね」


「うん、美海お姉ちゃんはすごいの! 優しくて、大好きなの!」


 優が助けてほしそうな目で見てくるのを横目でちらっと見ながら、舞香と聞けば誰もが微笑ましいと思うような、そんな会話を繰り広げる。

 つまり、救助信号の受信拒否だ。

 視界の端で、優ががっくりと肩を落とすのが見えた。


「美海さん、顔を上げてください。そんなことよりも、今日は舞香ちゃんと、二人で楽しい思い出を作ってください」


 優しい声だ。


 誰もが癒されるような、心の底から身をゆだねてもいいと思えるほど、安心できる声で。


 そして、小日向隼がこの世で最も愛する声だ。


「ありがとう、ございます」


「またね、優お姉ちゃん、隼お兄ちゃん」


 二人の姉妹はそう言って、もう二度と話さないとでも言うように固くお互いの手を握り、迷子センターから離れていった。しかし、隼の目に映るのは仲睦まじい姉妹の姿だけではない、姉妹をその影が見えなくなるまで優しい瞳で見つめている優もまた、隼は目で見て脳裏に焼き付けている。


「隼くん、これからどうする?」


 優は小さく伸びをしたあと、その年上ながらも隼より低い身長ゆえの上目遣い──もちろん隼にとっては心臓に大量の矢を打ち込まれるレベルのかわいさである──で聞いてきた。


「………………」


「隼くん?」


 急になにも答えなくなったのを不思議に思ったのか、心配そうな表情でこちらをうかがってきた。

 たぶんそれは義弟への心配の気持ちでしかないのだろう。純然たる家族愛でのみ構成された小日向隼への小日向優からの気持ちでしかないのだろう。


 でも、それでしかないとわかっていても隼は。


(ああ、やっぱり、好きだ)


 隼は右の拳を握りしめ、静かに決意する。


「ううん、なんでもないよ」


 ──この大切で、温かい気持ちを今日、優に伝えよう。


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