遊園地の姉弟「一」
今日で二日目、そして第二章突入です。
今回は第二章のプロローグという立ち位置なので普段より短めです。
代わりと言ってはなんですか、一時間後にもう一話投稿します。
日曜日──十時。
小日向隼は一人、夢の国と銘打たれた遊園地の入口付近のベンチに座り、デートの相手である小日向優を待っていた。
デート用にわざわざ買った黒を基調としたジャケットをしっかり着こなしている。
自分に集まる数多の視線に居心地の悪さを感じながら、それでも『待ち合わせ』というカップルのような行動をしていることに嬉しくなっていた。
気分が高揚しているときは時間の流れが速いというのは本当なのか、気づいたときには約束の時間になっていた。
と。
「隼くん。え、えっと、待った?」
隼はぶんっと首を痛めかねない速度で振り向き、流れるような動作で立ち上がった。
「──っ!」
思わず、息を呑んでしまった。
(え、なにこれ、女神ですか?)
隼の目の前には女神──デート用に買ったのだろう、見たこともない綺麗な服を着ている優がいた。
淡い桃色を基調としたワンピース。
健康的な肩が露出したオフショルダーのワンピースは、幻想的とも思えるくらいに優の魅力を最大限まで引き出していて、隼の視線をくぎ付けにする。
「隼くん?」
気づけば、優が首をかしげていた。
「い、いや、全然。今来たところだよ、姉さん」
なんとなく目を合わせたくなくて、下を向いてしまう。
(やばい。ガン見するか、目を逸らすかのどっちかしかできない……)
数秒後、隼が目をあわせる覚悟を持って、顔を上げると、そこにはにっこりと笑っている優の顔があった。
「そう……それならよかった」
とくん。
自分の胸が優と初めて出会ったとき以上に高鳴るのが、隼にもわかった。
(……かわいい。姉さんがかわいすぎる)
隼は心のなかでつぶやいたため、実際には声に出ていない。
それがもどかしく思えてしまった隼はデートという普段より全体的にテンションが高くなるこの状況を利用して、口に出そうと決めた。
すううう。
小さいが、深く息を吸い込んだ。
「…………えっと、その服……姉さんによく似合ってるよ」
これが漫画やアニメだったら突風が吹いていただろう。それくらいのさわやかさで、隼は優を褒めていた。
「…………へ?」
優はなにを言っているのかわからない、とでもいうような気の抜けた、声をあげた。
「姉さんが、かわいいってこと」
隼はなんでもないことのように言った。心臓の鼓動は普段の何倍にでも増幅していたが、なんとか表面に出すことなく、クールに告げることができた。
「──っ! あ、あの……ありがとう」
かあああ、と急速にまるでトマトのように顔を赤くしていく。隼の言葉の意味に気づいたのだろう。
(褒めるだけで姉さんのお礼の言葉を聞き続けられるんだったら、何度でもかわいいって言ってあげるのに)
なんて隼は思ってみるも、実行に移せるような図太い精神は持ち合わせていないことに気づき、苦渋の決断で断念した。
しかしながら、我慢をした者はなにか報われるように、隼にも。
「隼くん」
優は隼のほうへその白い手を伸ばしてきた。
ごくり。
気づけば、喉を鳴らしていた。
「えっと、うん、じゃあ……行こう」
心臓が奏でるうるさいほどの爆音を意識しないようにしながら、隼は震える手を──一緒に手を繋いで歩けるように優とは逆の手を差し出す。
隼の手を優はしっかりと握りしめ、遊園地の入口に向かって歩き出した。
隼も優の手の柔らかさと温かさをその右手で存分に味わいながら、優の横に立てるように歩幅をほんのすこし短くして、一歩を踏み出したのだった。