始まりの親友「三」
第三話、第一章の最終話です。プロローグ的な役割を担っている章なのでちょっと短めに終わります。
明日には第二章に突入します。もしかしたら明日は二話投稿するかもしれません(かも、です)。
一応、貯蓄はまだまだたくさんあります。
一時間後──千尋宅。
内海裕幸。小山内千尋。小日向隼。小日向優。星見桃花。夜野愛梨。
この物語のすべての主人公が一堂に会した。
「それで内海君、彼女は誰なんだい?」
連絡を入れたらすぐに駆けつけてくれたイケメン──隼は、手で千尋のことを示しながら、首をかしげた。
「そうですね。内海くん、ぜひお姉さんにもわかるように教えてください」
仕事を途中で抜け出してでもこの場に来てくれたカウンセラー──優は、隼の言葉にうんうんと頷くようにそう言った。
「まさか先輩……誘拐ですか?」
休日にも関わらず面倒がらず来てくれた優しい後輩──桃花は、まさかねという様子で俺の目を覗いてきた。
「先輩、最低ですね。死んでくれませんか?」
パーティーがあると言っていたにも関わらず、それを参加拒否してまで来てくれた先輩思いの後輩──愛梨は、誘拐という言葉に悪乗りして、ごみを見るような視線を向けてくる。
「いやいや、違うから! 全然違うから! 俺は誘拐なんてしてない!」
首をぶんぶんと振る内海の袖を、千尋はちょこんと掴んだ。
「裕幸。最初はみんなそう言うんだ」
まるでこれから一緒に警察署に行こうとでも言わんばかりの優しい声と表情に、嫌でも頬がひきつる。
「おいおい、千尋さんや、お前さんまで便乗してどうするんだい?」
内海が呆れた声でそう言うと、
「ということはやっぱり……」
「電話で言っていたことは……」
「本当のこと……」
「だったのですね」
隼、優、桃花、愛梨が次々に一つのセリフを順番に言っていった。
(なに? お前ら仲良いの? 事前に打ち合わせでもしたの?)
内海のそんな心のなかでのツッコミもむなしく、千尋が口を開いた。
「……そうだ。オレが小山内千尋だよ。なんか『美』少女になっちまったんだけど、これからもよろしく」
なんて軽い感じに言っている千尋だが、明らかに無理しているのはバレバレであり、あえて明るく振舞っているように見えてしまう。
「TS症候群……」
ふと、桃花の声が耳に入ってきた。
聞きなれない言葉。
「え?」
自然と桃花のほうへ視線が行く。
ぎょっとした様子で場の全員で振り向かれても動じない辺り、さすが生徒会長と言えるだろう。
「たぶんですけど、TS症候群だと思います」
桃花は確証が持てていないのか、いつも知識を教えてくれるときとは打って変わった小さい声でそう言った。
「TS症候群ですか?」
愛梨が聞きなれない言葉に首を傾げた。
「そう、TS症候群……正式名称は『急性性転換症候群』っていうんだけど」
「やっぱり、深刻な病気なんですか?」
優も表情を暗くして桃花に質問をしている。普段見せるおっとりとぽわぽわとした様子とは打って変わったシリアスモードだ。
「はい。この病気は名前の通り、『性別を転換させてしまう』病気なんです。発症例が非常に少なく、世界でも五十人にも満たない、とても珍しい病気で未知の部分も多い……そのため、原因の特定もあまり進んでおらず、現在、具体的な治療方法は……ありません」
意図的に淡々とした口調にしたといった印象を受けるその宣告に、この場の誰もが息を呑んだ。
「それって……?」
隼がようやく絞り切ったような声で、尋ねた。
内海も含め、この場の誰もが聞くことを恐れている質問をした。
それには内海も、やはりイケメンだと思ったし、純粋にかっこいいとも思った。
そして、桃花が口を開いた。
決定的な言葉を口にするためだけに。
「はい、治らないということです」
冷たく突き放すように、ただ事実だけを突きつけるその行為は、内海には桃花のせめてもの優しさに見えた。
将来医者になろうとしている少女が選んだ、優しさの形。
その優しさが今、小山内千尋ただ一人のために使われたのだ。
「それが、オレの体に今起きていることなのか?」
千尋は信じられないといったふうに、目を見開いていた。
「……はい」
内海たち四人が心配そうに千尋と桃花を見つめるなか、桃花が本日何度目かの首肯をした。
「そっか……」
千尋の声には計り知れないような感情が多分に込められていた。
それでも千尋の声が明るく弾んでいるように聞こえるのは、千尋が内海たちに心配をかけまいとしている証拠だろう。
「みんな、オレのために来てくれてありがとな。女の子になったが、これからも仲良くしてくれると嬉しい」
「……千尋」
内海の口から名前がこぼれた。
「大丈夫……大丈夫なんだ」
それはヒーローが問題を一人で抱え込もうとしているかのようだった。
痛々しいほどに、小山内千尋らしい、内海裕幸の親友らしい姿だった。
「わかった」
だから、内海にはもう、そう言うことしかできなかった。
(でも、俺にはできなくても、他の人にならできることはたくさんある。──そのためにこいつらがここにいるんだ)
内海裕幸にはできないことをするためにここにいるのだ。
「じゃあ、TS症候群に対する心情的な対処は……優さん、お願いします」
「わかりました。千尋くんのことは私に任せてください」
千尋の驚愕したような顔を横目に、慈愛に満ちた表情を浮かべる優に軽く頭を下げた。
「隼は、千尋がこうなったことで起こる人間関係の不和の調整を頼みたい」
「相変わらず、人使いが荒いね。今度、課題を手伝ってくれよ」
やはり千尋のあんぐりと開けた口を横目に、やれやれといったふうな隼にお願いをする。
「桃花、TS症候群についてもちょっとでいいから、詳しい情報を集めてくれ」
「先輩、あたしを誰だと思ってるんですか? あたし、天才ですよ。天才!」
開いていた口を閉じた千尋を横目に、えっへんと胸を張るかわいい後輩の桃花を頼る。
「愛梨はお前の家で千尋のことを頼む。絶対に散財するなよ」
「わたしはそんなことはいたしません。それに千尋先輩を助けるのに、家の力を多分に利用する必要はありませんから」
うつむいてしまった千尋を横目に、毒舌ながらも素直な一面を覗かせる愛梨に思いを託す。
この場にいる誰もが小山内千尋を助けようと結束する。
「どうして……どうして、そこまで……?」
ほんの少しかすれた声で聞いてくる千尋に、内海は頼もしさを連想するような明るい笑みを浮かべる。
たとえ千尋が見ていないとしても関係ない。
今の千尋を放っておくことなんてできないから、内海は表情を作り、言葉を紡ぐのだ。
「千尋。一回だけ、感動的なセリフを言ってやる。よく聞いとけ」
(千尋相手に、俺から良いセリフを言うなんて、一体いつぶりのことだろう?)
千尋との今までの時間を振り返りながら、内海の口は思ったままを言葉にする。
いつか遠い昔、内海と千尋が親友になったあの日のように。
「俺はお前の親友だ。
「お前も俺の親友だ。
「こうやって助けるのは当たり前のことなんだよ。
「親友や友人が窮地に陥ったとき、そうじゃなくてもなにか困っているときは助けるのが当たり前なんだ。
「俺たちの誰かがこんな状況になったとき、お前も俺たちのように助けようとするだろう?
「こいつらもそれと同じなんだよ。
「お前はこいつらと友人だし、こいつらもお前の友人だ。
「それは今この瞬間も変わることなく、こうやって実を結んでいる。
「隼は人間関係から。
「優は精神面から。
「桃花は情報面から。
「愛梨は生活面から。
「お前を助けようとしているんだ。
「そのことは十分に誇って良い。
「今ここにいるお前も、ほんの一日前のお前だって、小山内千尋には変わりないんだ。
「俺も太鼓判を押して宣言してやる。
「それだけしかしてやれない。
「俺にはお前を助けることはできないんだ。
「俺にはそれだけの力がないから。
「でも。
「それでも。
「お前のもとに駆けつけてやることくらいはできるんだぜ?
「お前が困っていたら、いの一番に駆けつけてやる。
「それが俺にできる最大限のことで。
「お前の親友である俺だけの、この世で最も尊い役割だからな!」
その言葉を最後に、内海は閉口した。
(あ、やばい……)
内海の顔が急速的に真っ赤に染まっていく。
(これ、思ったよりも……恥ずかしいな……でも、あとちょっと……)
うつむいてしまいそうになる羞恥心を押し殺し、千尋の目を見つめる。
それが今の内海にできることだ。
「千尋……大丈夫だ。俺が、俺たちがそばにいる」
内海は軽く笑って見せる。
いつものような、平和で何事もない日常でする笑みを、浮かべて見せる。
「……みんな」
ずっとうつむいていた千尋が顔を上げた。
その声はかすれていて、その目元には小さな雫が浮かんでいて、そしてその顔は内海以上に真っ赤に染まっていた。
千尋はゆっくりと口を開いた。
「…………ありがとう」
恥ずかしそうに、蚊の鳴くような小さな声でつぶやかれたその言葉に、内海たち五人が笑顔になったのは、わざわざ描写するまでもないだろう。
*
小山内千尋
黒髪をボブカットにしたTSっ娘。かなりかわいいが、口調や性格を外見に寄せるようなことはしない。新しくなった小山内千尋。