始まりの親友「二」
一話から二話へ、この壁は小説家になろうに限らず、どの小説投稿サイトにとっても難関なことです。
その扉を開けてくださったことに感謝を示します。
昼食時──食堂。
なにかあったら任せると言われても、任せられるようなことが起きるはずもなく、ただ取り残されただけだった小日向隼は、
「まったく連絡が来ない件について!」
ほんの少しむくれていた。
(確かに、連絡してとは言ってないよ! でもさ、せめてなにか連絡してほしいよね)
隼はジーンズの右ポケットにあるスマートフォンに意識を向けながらため息をついた。
「僕だって、大切な友人が困ってるってなれば、心配になるんだよ」
そんな愚痴とともに、食堂へ昼食をもらいに行く。
この食堂は和食、洋食、中華、なんでもござれの万能食堂だ。
この食堂を取り仕切っているのが、どこにでもいそうな普通のおばちゃんだなんて、信じられない。
(意外な才能ってのは、やっぱりあるものなんだね)
入口で購入した食券を渡し、昼食を受け取る。
ちなみに、隼の昼食はきつねうどんだ。
麺を箸でつかみ、口に運ぼうとしたそのとき、ブーという日常的によく聞く振動音が隼の耳に届いた。
反射的に、スマートフォンを取り出し、名前を確認する。
内海裕幸。
これまた反射でスライドして耳に当てる。
「もしもし内海君、どうし──」
『すまん。隼、今すぐに来てくれないか? 大変なことになった──』
隼の言葉を遮り、次々とわけのわからないことをまくしたてる内海。
先ほどから待ち続けていた電話の相手だけに、しばらく黙って聞いていた隼だったが、内容の意味不明さが頂点に達したところで、
「えっと内海君。もうちょっと、要領を得る説明をしてくれないかな?」
ついにその言葉を口にした隼だった。
ちなみに、ゆっくりと説明されても、隼には理解しがたい内容であったことは明記しておかなければならないだろう。
*
午後──小日向心療内科クリニック診察室。
「では、今日のカウンセリングは終了です。お疲れ様でした」
小日向優は、その言葉で診察を終えた。
休日に舞い込んだ急な仕事だったが、それについて文句はない。
急な患者のことが心配だったし、それに、収入が増えるに越したことはないのだ。
「ありがとうございました」
「なにか精神が不安定になったりしたら来てください」
優は心理カウンセラーという仕事をしている。
優の義母もカウンセラーのため、この『小日向心療内科クリニック』も義母と二人で経営しているような形である。
「さて、今日は帰りますか」
疲れた声を出しながらも、今日の仕事をやり遂げたという達成感に満ちた表情は隠しきれるものではない。
「ああ、隼くん成分が足りないです」
そうつぶやく優の声は先ほどまでのおっとりしたような安心感を与える声とは異なり、甘えるような猫なで声だった。
(私のかわいいかわいい隼くん。今ごろなにをしてるんでしょうか?)
実のところ、小日向優は重度のブラコンだ。
なにもしていないときに、ついつい義弟のことを考えてしまうくらいには義弟のことを愛している。
もちろん愛していると言っても、それは姉弟としてだ。姉弟の垣根を超えるつもりなど、みじんもない。
優は義姉として、義弟のことが好きなのだ。
(はあああ、会いた──)
プルルルルッ!
「きゃっ! ──な、なに、電話?」
静寂からの突然の電子音に、優はびくっと体をはねらせた。
なにかと思って見てみると診察室に用意された電話に着信だった。
急な出来事とは言え、電話のコール音にびっくりしてしまったことに、恥ずかしさで顔が真っ赤に染まる。
「コホン」
優はそんな羞恥心から逃れようと、一つ咳払いをして、未だに電子音を響かせている受話器を取った。
「も、もしもし、小日向カウンセリングの小日向優です」
『優さん』
電話回線の向こうから内海の声が届いた。
その声は今までに聞いたことがないような不安定な声で、優の心が心配で埋め尽くされる。
「どうしたんですか? なにか困ったことでも?」
首をかしげて問う優に、内海は深刻そうな声音でこう告げた。
『仕事中にすみません。優さん、千尋の家に来てくれませんか? 診てほしい人間がいるんです──』
*
小日向優
黒髪をロングにしている超絶美人。二十三歳。弟や後輩に対しては、良いお姉さんであろうとしているが、素の状態はただのブラコンである。
*
学校──生徒会室。
「では、今日の会議はこれでお開きにしましょうか」
星見桃花は生徒会長として、短くも充実した会議を終えていた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
こんな会話をすることすらあと半年もないのだと考えると、嫌でも寂しい気持ちになってくる。
「すうう、はああ」
そんな気持ちを入れ替えるべく、桃花はいつもより深めの深呼吸をした。
「さて、書類整理でもしようかな」
桃花の視線の先には一束の紙が積まれている。
夏休み前の生徒会には合宿や部活時間延長などの申請書類が大量に届く。
普通の学校なら教師が対応すべき事案のような気もするが、残念ながら、この学校にそこまでの余裕はない。
ゆえに生徒でありながら、限りなく教師陣に近い立場を持つ生徒会に数多の書類が寄せられるのだ。
「相変わらず、多いなあ」
(あたし、こんなことしてていいのかな?)
桃花の頭のなかに浮かぶのは書類整理をこのままし続けてもいいのだろうか、という自問自答だった。
桃花は言うなれば、天才である。
程度について天才たる桃花本人以外が理解をすることは非常に難しい。
強いて言えば、日本一高名な某大学からどうか入学してほしいと頭を下げられるくらいには優秀である。
ちなみに桃花。将来はお医者さんになって、たくさんの人をその手で救うのが夢だったりもするのだ。
そんな天才が高校生活最後の夏を控えた休日の昼に、書類整理……。
「まあ、任されたんだから、全部やらないとね」
心のなかで愚痴を言ったところで、気を取り直し、ポンポンとハンコを押していく。
しかしながら、書類整理もやり始めてしまえば、案外楽しいもので、桃花も次第に鼻歌を歌っていた。
やがて残り枚数が半分になった。
「んー!」
桃花は思いっきり伸びをした。この場に誰もいないからこそ実行できることだ。
と。
ブーブー。
念のための連絡用として、学校内でも電源を入れておいたスマートフォンが振動した。
「ん?」
内海裕幸。
「先輩? これはまた珍しい」
特になにも考えもせず、スライドする。
「えっと、久しぶりですね。あたしになにか用ですか?」
三か月も連絡を取っていなかったことで、どういうニュアンスで会話をすればいいか、見当もつかないなか、なんとか捻出した言葉だった。
しかし、内海からの返事は来ない。
「どうか、しましたか?」
明らかになにかがおかしい様子の内海に、普段は慇懃無礼で通っている桃花ですらも心配そうな声を出した。
『……いや』
内海はなにか、覚悟を決めたような口調で言った。
『頼みなんだけど。桃花、今すぐ千尋の家に来てくれないか? お前の知識を貸してほしいんだ──』
桃花としても、本当は仕事を進めたかった。
後顧の憂いなどなくして土曜日の午後を謳歌したかった。
(まあでも、仕方ないかなあ)
桃花は電話が終わると同時に、行かなければならないという至極単純な理由をもとに生徒会室を後にしたのだった。
*
星見桃花
茶髪をツーサイドアップにした天才美少女生徒会長。高校三年生。近しい人間以外には敬語で話すが、ひとたび仲良くなればただの素直でかわいい少女に過ぎない。
*
日本家屋──夜野本家。
「お嬢様、お着替えの用意ができました」
夜野愛梨は、侍女の言葉を聞くが早いか読んでいた本にしおりを挟んだ。
「もう終わったのですか? 早かったですね」
愛梨は椅子から立ち上がった。
あけはたけている窓から風が吹き込み、愛梨の髪をなびかせる。
(これは……)
世間一般的には昼下がりの風は気持ちいいものと決まっている、が、愛梨は反対に顔を少し歪めた。
「お嬢様、どうかしましたか?」
すかさず、侍女が質問する。主人の体調管理も侍女の重要な仕事の一つなのである。
「いえ、ただ今日の風は雰囲気が悪かったので」
「? 風の雰囲気ですか?」
侍女は愛梨の言葉が理解できなかったようで、首をかしげるだけだった。
愛梨にとってもただの直感にしか過ぎないのだから、当たり前のことである。
「いえ、なんでもありませんよ。──では、着替えにいきましょうか」
まるで顔を歪めたことなどなかったように愛梨は歩き出した。
別にこの部屋で着替えてもなにも問題はない。
しかし着付けも化粧も、そういう美に凝ったものは専用の部屋でしたほうが良い、と愛梨は思っている。
「は、はい、こちらです」
愛梨は侍女の後ろに付いて目的の部屋へと向かう。
そこまで遠くはない道のりを愛梨と侍女は軽い世間話をしながら歩く。
侍女とは年も同じで、同じ高校にも通っているのでよく会話をする仲である。
プルルルル。
昔懐かし黒電話(昔のものでも愛梨にとっては全然懐かしくはない)がタイミング良く鳴った。
侍女が慣れた手つきで受話器を取り、電話に出る。
「もしもし……はい……承知いたしました」
侍女は固定電話の受話器を片手に、
「お嬢様、内海裕幸様よりお電話でございます」
(先輩からですか? どんな用事なのでしょう?)
愛梨は心のなかで首をかしげながらも受話器を受け取り、耳に当てる。
「もしもし、先輩。お久しぶりです」
愛梨の声を待っていたかのように、内海は下手に出るような声を出した。
『これは先輩からの頼みだ。愛梨、忙しいのはわかっているが、ちょっと千尋の家まで来てくれないか? お前の家で扱ってほしい問題があるんだ──』
ガチャンと音を立て、受話器が元の位置に戻される。
「では、行きましょうか」
*
夜野愛梨
黒髪を肩くらいまでのポニーテールにした名家の令嬢。高校三年生。家庭環境ゆえか純粋に育った。冗談のツールとして毒舌を最初に覚えてしまったアホの子。