告白の英雄
花火が打ちあがるまで──あと少し。
「なんというか、今日はドタバタしてたな」
内海が感慨深げな表情でまだ花火の打ちあがらない真っ黒な夜空を見上げていた。
「今日『は』じゃなくて、今日『も』だろ?」
そんな内海を横目に見ながら、千尋もまた夜空を見上げる。
「まあ、そうだな」
「この二か月ちょいくらいに今までにないほどいろいろ変わったもんな……」
千尋の声にはしみじみとした思いが込められていた。
「お前が、こんなちんちくりんになったりな」
わざわざ見なくてもいたずらっ子のような表情をしている内海がありありと思い浮かぶ。
「ほう、いいのか? お前どっちかって言うとこっち系のほうが好みだろうに……もうお前の前でかわいい服着てやんねえぞ」
そんな内海の表情をなんとか崩してみたくて、ちょっと反撃に出てみる。
「それは、勘弁願えますかね。千尋さん」
欲望には逆らえない様子の内海がおかしくて、自然と笑い声が飛び出ていた。いつしか内海の口からも楽しそうな笑い声が浮かんでいる。
「そう言えば、あいつらはどうしたんだ?」
夜空から視線を戻した──ただ単に気分を満足させるために夜空を眺めていたので、特に重要な意味合いはない──内海が、ここにはいない友人たちのことを千尋に問いかけてきた。
「ああ、あいつらなら、それぞれ二人きりで楽しみたいんだってさ。花火の途中でここに来る予定だから、まあ気長に待ってようぜ」
……嘘ではない。
隼と優、桃花と愛梨が二人きりで夏の思い出を刻みたいと言っていたのは本当のことだし、途中で集合するというのも確かに千尋が聞いたことだ。
だが、千尋にとっての本当の理由はそこにはない。
「まったく、あいつらはよう」
頬を掻きながら、文句にもなっていない文句を口に出す内海。
実は、隼たちには無理を言ってこの場から席を外してもらったのだ。小山内千尋がたった一つの目的を達するために。最初は戸惑ったような表情を浮かべていた彼らも、最後には激励の言葉まで送ってくれた。
だから。
(みんながくれた、このチャンス、絶対につかむ)
千尋は内海のほうへと向き直る。
「なあ、裕幸。今のうちに伝えておきたいことがあるんだ」
小山内千尋が今から行うこと。それは、「告白」である。内海のことが好きだと自覚した日からずっとやりたいと、やらなければならないと思っていたことだ。
「ん? どうした?」
断られるかもしれないと一人不安になり、心のなかに巣くう想いすら消してしまおうかと考えもした。
でも、小山内千尋は自分の心に嘘をつけなかった。
「一回しか言わないから、よく聞いてて……」
ふと、自分がもらった大切なものについて考えてみようと思った。今のこんな姿になってからみんながくれたものを考えてみようと思った。
たぶんそれが、小山内千尋にとって必要なことだから。
小日向千尋はたくさんのものをもらった。
小日向隼からは、新たな友人を紹介してもらった。
小日向優からは、不安な心を取り除いてもらった。
星見桃花からは、女の生活に大切なことを教えてもらった。
夜野愛梨からは、障害に立ち向かう勇気を見せてもらった。
そして。
内海裕幸からは、「恋」をもらった。
(よし!)
意を決して、心臓の鼓動なんて無視して、隼、優、桃花、愛梨、友人……いや、親友たちを心の支えにして、一世一代の愛の言葉を綴った。
「裕幸、オレはお前のことが──」
*
花火が打ちあがるまで──イグニッション。
カラフルに咲き誇る夜の花が、世界を照らすなか、顔を真っ赤に染めながら、すがすがしい笑顔を見せ。
一人の青年もまた、一世一代の愛の言葉を綴る。
「千尋、俺もお前のことが──」
*
「なあ一つ、聞いていいか?」
「ん? なんだよ。言ってみろ」
「もし今この瞬間、男に戻れるとして……お前は戻りたいか?」
「んだよ。野暮なこと聞くなよな」
「いいから、答えてくれよ」
「断然、嫌だね。なんでかって? そりゃあ男だったときよりも今こうしているほうが『幸せ』だからに決まってるだろ!」
*
九月中旬──内海宅。
千尋と付き合いだしてから三週間ほどの時間が流れた。
交際関係になってから、毎日が楽しくてしょうがない。特に、千尋がかわいい。そんなかわいすぎるほどかわいいが似合う千尋と何回も遊びに行ったり、一週間限定のバイトを一緒にしたり、今までの親友同士だったときと同じで、でも今までよりも何十倍も何百倍も、ともすれば何千倍も楽しい最高の夏休みを過ごすことができていた。
この夏はいろいろなことが変化したし、強制された変化を防ぐこともできた。隼と優は恋人同士になったし、恋人同士であった桃花と愛梨は頑固で娘想いの実は優しい父親の承諾を得たし、それになにより──。
内海は大学へ行く支度をテキパキと済ませ、家を出る。
今日は千尋と一緒に講義を受けるのだ。
(大学に行ったら、千尋と付き合うことになったことを自慢しよう。あんなにかわいい子と付き合っていることを嫉妬してもらおう)
そう考えれば、自然と笑顔になるというものだ。
大学への道すがら千尋の家に寄る。
大学から二キロほどの距離にある千尋の家は、内海の家からもそう遠くない位置にあり、今まで現地集合だったことも忘れて毎日のように通うようになっていた。だって、そこが千尋の家だから。
ピンポーン。
内海は別に肩で息なんてせずに、落ち着いた心でゆっくりと、久しぶりでもなく、全然感慨深くないインターフォン押す。
ガチャリ。
そんな音を立てながら、ドアノブがひねられ、扉が開いた。
「裕幸、オレだ。わかるか? 千尋だ。小山内千尋だ」
そんないつか聞いたセリフをつぶやく千尋はやっぱり世界で一番かわいくて、いつだって内海の心臓を破裂させようとする。
「わかる。わかるよ。お前は、小山内千尋。俺にとって最高の親友で、そして──」
だからこそ、内海はこう言うのだ。
愛らしくて頼もしい、優しい英雄に、こう宣言するのだ。
──最高の恋人だ。
いつかにやりと不敵な笑みを浮かべながら、不安に押しつぶされそうな親友に向けて放たれた真実の言葉は、さらに一つのフレーズを加えて今ここに完成する。
どうも、みなさん。
やあやあ、みなさん。
こんにちは、みなさん。
作者です。
まえがき作者ではなく、あとがき作者です。
…………とうとう最終話を迎えてしまいました。
なんだか寂しいような、嬉しいような不思議な気持ちです。
休載期間を除く毎日まえがきであなたたちに問いかけてきたわたしですが、それも今日で終わりです。
次の作品を発表するときには見れるかもしれませんが、それもしばらくあとの話です。
それでも付いてきてくださるのであれば、また次回作で会いましょう。
しんみりとした話はここまでにして、どうでしたか?このTSストーリーは。
展開は自他ともに認めるクソなものであると理解していますが、それでもこの作品に込めた思いは確かなものだと思っています。
ぼくはハッピーエンドが好きです。
特別頼まれたとか、そんなことがない限りあたしはすべての物語がハッピーエンドで終わればいいと思っています。
だからこの物語も六人の主人公がハッピーエンドを迎え、幸せになりました。
これが僕にさせる物語の結末です(アンコールがあればもしかしたら…………)。
ちょっと長くなりましたね。
それでは最後に、
この作品を最後まで読んでいただきありがとうございました。
ここで出逢えたのもまた奇跡のようなものです。
この機会に感想欄にでもここ作品の感想を書いてみてはいかがでしょうか?
またいつか、性癖が重なりしとき、お逢い致しましょう。