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夏祭りの恋人「一」

どうもお久しぶりでございます。作者です。

無事に用事も片付きましたが、残念ながらもうちょっとだけ忙しい状況が続きそうです。

と言ってもここ数日間は比較的忙しくありませんでしたので、便宜上の最終話までの投稿処理を終わらせておきました。これで安心して用事に取り掛かることができます。まあ、前書きについてはいつものように投稿前日に書くんですけれど。

ところで、皆さんはこの作品が止まってる間なにをしていましたか?

止まっている間にこの作品を見つけていただいた方がいらっしゃるようで、なんだかとてもうれしいです。

では休日をごゆるりとお楽しみください。


 花火大会四日前──千尋宅。


(なんであんな話しちゃったんだろう?)


 二週間ほど前のプールでの行いを思い出し、千尋は一人、部屋で赤面していた。ベッドの上をくるくると回り、羞恥に身を焼いている。


(裕幸に変なとこ見せちゃったな)


 あの日、親友として内海と遊びに行った千尋──内心ではデートのつもりではあった。が、初デートは付き合ってからのほうがいいだろうと思い、心のなかにとどめておいたのだ──は「いつものように」楽しい時間を思いっきり過ごした。


 楽しくて楽しくて、思い出にしてしまうにはもったいないくらいだった。


 でも。


(この「いつも」は本当にずっと続くのか? オレが裕幸に告白してしまったら、横でのんきな顔してるこいつはどう思う? 仮に付き合えるようなことになったとして、それでもこんなふうに親友らしく笑いあっていられるのか?)


 その答えは未だに結論が出てはいないが、その片鱗のようなものを千尋は感じたような気がしたのだ。


 もしも万が一、この恋が成就することがあったとしても、千尋と内海の関係は決して今まで通りではなくなる。当たり前と言われてしまえばそれまでのことだが、小山内千尋にとっては十分すぎるほどの一大事だ。幼いころからずっと一緒にい続けた親友を失うことは千尋にとってそれほどのものなのである。


(オレは今の関係を壊したくない)


 そう思った千尋はその湧き出る感情に従って、悩みを吐露したものの、内海裕幸にうまく丸め込まれた挙句。さらには前までよりももっと好きになってしまっているのはもう、同情の余地もないような自業自得である(本当に得しかしてないな)。

 とまあ、どの角度から見ても千尋がチョロインであることは疑いようのない事実として脳裏に刻んでおくとして、


(これからどういう顔して裕幸と会えばいいんだ)


 なんとか内海と別れるまで平然を装うことができていたものの、あれからまともに内海と顔を合わせることができていない。会話は普通にできても、少しでも目が合えば動悸が激しくなり、頬が熱くなってしまう。


 ゴロゴロ。ゴロゴロ。


 ピンポーン。


 特に思考を働かせるでもなく、ただゴロゴロとしていると、来客を知らせる古典的な電子音が鳴った。来客だ。


 真夏も真夏な熱気から身を守り、涼を与えてくれるクーラーに一時の別れを告げて、玄関に向かう。身長も縮んだことで今はかなり大きく見える。

 ガチャっと鍵を開け、扉を開けたその先には。



「おう、久しぶりだな。三日ぶりだな」



「……裕幸」


 小山内千尋が二人きりで話したくない相手第一位の内海裕幸がそこにいた。元男のはずなのにその顔を見るだけで頭が真っ白になって何を話していいかわからなくなる。


「千尋、どうした?」


 急に黙りこくってしまったのを気にしたのだろう、心配そうな視線を向けてくる。恋する乙女はそんな何気ないしぐさにすらときめいてしまう。まったく、やめてもらいたいものだ。


「んや、なんでもない。ただ外から入ってくる熱気に驚いてただけだ」


 よく見れば内海の額には汗の雫があった。手早く家の中に招き入れると、この夏に癒しを与える空調機器に、無意識なのか「涼しい」という声を漏らしていた。


「それで、裕幸。なんで急に?」


 お互いにテーブルをはさみ向かい合うようにして座る。さすがの乙女でも座る姿にすらときめいたりなんてしない。


「今日はお前に話があってきたんだよ」


 言葉だけ見れば深刻な話をしようとしているように見えるが実際そんなことはなく、いつも通りな会話の導入だった。


「今度の花火大会の件、知ってるか?」


 もちろん、知らないわけがない。


「愛梨たちから誘われたやつだよな」


 数日前、電話で誘われた。相も変わらず堅苦しい敬語で誘われた。もっと砕けた口調で話してもいいと思うのだが、愛梨もなかなかに強情である。


「行くつもりはあるか?」


「もちろん、あいつらにとっては高校最後の夏だろ。先輩としては目いっぱい遊んで楽しんでほしいからな」


「ああ……そうだよな……」


 さっきまでいつも通りに会話をしていたはずなのだが、いつの間にか内海の声から覇気がなくなっていた。顔はうつむいていて、なにかを我慢しているように見えた。


「? 裕幸、どうした?」


「いや、なんでもない」


 内海がそういうのならそうなのだと思わず納得してしまいそうにもなるが、やっぱりどこからどう見てもなにかを抱えているように見える。

 話してくれなければ、わからない。おそらく以前の千尋ならそう言って諦めていただろう。でも、今の千尋は一味違う。

 二週間前、「内海裕幸のことに関してはなに一つとして諦めない」そう自身に誓ったのだ。


「裕幸、一緒に花火を見よう」


 千尋は小さく静かに、カラ元気な笑みを浮かべている内海に向かって、告げた。


「? そりゃあ、みんなで行くんだから一緒に見れるだろ?」


 思考がまだ追い付いていないらしい内海の言葉を、首を振ってやんわりと否定する。

 座っていても上半身の身長差で見上げるような形になってしまうのが情けないが、千尋は精一杯カッコつけて、言葉を放つ。


「二人だけで花火を見よう」


 しん、とほんの一瞬だけ、空気が固まった次の瞬間には、


「え、ええ、へ?」


 内海が、目を見開き、口をあんぐりと開けた驚愕も驚愕といった表情で、思わず笑ってしまいそうな声を出していた。しかしながら、自身の発言に羞恥で全身をゆでだこのように真っ赤にしている千尋はそれどころではない。

 ロクに回らない思考のまま、さらなる言葉を紡いでいく。


「えっと、ダメか? お前が嫌なら別にいいんだが……」


(……ああ、これはずるい言葉だ)


 働かないなりの頭でも、こういう言いかたをすれば親友思いの内海が断るはずがないと容易に想像できるはずなのに。


「お、俺のほうはまったく問題ないから、大丈夫だ」


「それって」


 それでも内海の言葉に目をキラキラとさせてしまうのは、千尋が目の前の青年が好きだからなのだろう。


「ああ、一緒に二人で花火を見よう」


 顔面偏差値がたとえ普通だったとしても、千尋の目に内蔵されている「乙女フィルター」を外していたとしても、今この瞬間確かに内海裕幸は輝いているように見えた。

 そして会話は花火の話題から逸れ、いつもとなんら変わりない日常トークへとシフトした。


 と。


 約束を取り付け、ルンルン気分で会話を続けていた千尋に、突如内海は思い出したかのようにポンと手を打ち、


「そうだ。千尋、この前どうしても諦められないことがあるって言ってたよな」


 なんでもなさそうに言っているはずなのに、その言葉に嫌でも心臓が跳ねる。内海にそのつもりはないだろうがこれでは形勢逆転──先ほどのやり取りを攻勢と判断していればの話だ──だ。


「そ、それがどうかしたか?」


 そうするつもりがなくでも言葉が詰まってしまう。好意に気づかれたかもしれないと思い心のなかで身構えた。言葉を待つ。


「いや、今ならお前の気持ちちょっとわかるかもしれないって思ってな」


「へ?」


 追及の言葉ではないと安心するのもつかの間、内海が放った共感の言葉に脳みそのなかがハテナで埋め尽くされてしまった。そんな混乱に陥っている千尋の目をじっと見つめると、内海はすごく真剣な表情で、しかし声音は驚くほど穏やかに。


「俺にも諦められない、なにをしても叶えたいことができた。お前のおかげだ」


 ありがとう。



 たとえ言葉は聞き取れても、今の千尋にはそれがどういうことなのか、なんの意味を持つのか、さっぱりわからなかった。



   *



 花火大会二日前──夜野本家。


「おかえりなさいませお嬢様、ご当主様より伝言を預かっております」


 女子四人組で浴衣を買いに行き、そのまま明後日への希望を胸に抱きながら玄関の戸を開けると、そこには愛梨を迎えるいつもの使用人はおらず、代わりに父親の筆頭執事がいた。


(たしか名前は……)


「お嬢様、わたくしの名前はどうでもよろしいことです」


 靴を脱ぎ、廊下に上がった愛梨に執事はぴしゃりとした口調で言った。


「……お父様は、なんと言ってらっしゃいましたか?」


 目の前にいるのが父親ではないとわかっているはずなのに、愛梨の言葉には若干のトゲが含まれていた。だが熟練された執事は愛梨程度の威圧などまるでそよ風だとでも言うように、淡々と言葉を告げた。


「ただ一言、『いい加減、あの娘とは縁を切れ』とおっしゃられていました」


 ぷつん。愛梨はその音が堪忍袋の緒が切れる音だとしばらくの間、気がつかなかった。


「ほ、本当にそれだけでしたの?」


 ぷるぷると体が震え、今にも父親のもとに乗り込んでいきたい感情が高まっている。今早退しているのが執事でなければ、愛梨は殴りかかっていただろう。


「ご当主様からの伝言は以上でございます。では、お嬢様。失礼いたしました」


 執事はキリッとした佇まいで筆頭執事の風格を保ちながら去っていった。それと入れ替わるように愛梨の専属侍女が現れた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 愛梨にとっては桃花の次に大事な少女である侍女は普段通りを装おうとしているものの、顔には「心配です」と書いてあった。わかりやすい。


「大丈夫ですよ。心配しなくても平気です。……お父様への殺意の濃度が増えた程度で済みました」


「それは大丈夫とは言わないのではないでしょうか?」


 かわいらしく突っ込んでくれる侍女に愛梨のささくれだった心も髪を梳かれたように自然と整った、それだけなのにだいぶ心に余裕ができた。


「お嬢様、荷物をお持ちいたします」


 愛梨は浴衣の入った袋ごとカバンを渡し、自室へと向かう。


「あ、あのお嬢様」


 道すがら、足音も立てずに後ろを歩いていた侍女から声をかけられた。夜野愛梨と侍女との付き合いは長きにわたるものだが、このような状況は初めてだ。


「? どうかしましたか?」


「……翌々日のご予定ですが……どうなさいますか?」


 愛梨はこの質問をされてようやく、侍女がなにを言っているのか理解した。要は花火大会に行くか、行かないかの決断を迫られているのだろう。侍女の顔には心配というよりは不安がにじみ出ている。


(まったく、あなたが怖がる必要はありませんよ。たとえどんなことになったってあなただけは守りますから)


 そう言ったのは心のなかだけだったが、愛梨はせめてもの誓いとして、


「ふぇ?」


 侍女の肩に手を置き、内海裕幸や小山内千尋のような、にやっとした不敵な笑みで、こう宣言した。


「お父様のことなど知ったことではありません。くそくらえです」


 夜野愛梨、絶賛反抗期中である。


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