プールの親友「三」
はい、土曜日です。
今回のお話は分割で二つに分ける構成になっています。
切の悪いところで書いちゃったのですみません。
同刻──小日向心療内科クリニック診察室。
千尋が新しい友人を得て、楽しく談笑していたころ、夜野愛梨は心理カウンセラー小日向優に相談を持ちかけていた。
「それで、相談ってなんですか? 気にせず思いっきり相談してください」
優の周囲を穏やかにするような微笑みに、愛梨も変に緊張することなく、相談の内容が流れるように言葉になって紡がれる。
「優さん、実は……最近桃花と、うまくいっていないのです」
愛梨の相談内容は優の表情を硬直させたが、さすが心理カウンセラーといったところか即座に復帰し、
「桃花ちゃんと、ですか?」
「はい、以前よりも桃花との距離が若干遠くなったような気がします」
愛梨の脳内に浮かぶのは最近の桃花の挙動だ。電話をしても、デートに行っても、肉体的接触を試みても、桃花は顔を真っ赤にするだけで、すぐに電話を切ったり、すぐに帰っちゃったり、張られたりするのだ。
「………………詳しく聞いてもいい?」
神妙な顔でそう聞いてきた優に、愛梨はそう説明した。恋愛経験皆無の夜野愛梨にとって、星見桃花は初恋の相手で、一番嫌われたくないと思えるほどの大切な少女なのだ。
「それでもそんな桃花ちゃんのことが好きなんだ」
「はい、避けられても、それがどんな理由か教えてくれなくても、わたしは桃花のことが好きです。それだけは変わりません」
その言葉は愛梨の心そのものだ。誰に言われるまでもなく、自分の心で理解している愛すべき「愛」の感情。
「……だいたいわかりました。それなら──」
愛梨の言葉をどう受け取ったのか、そう言いながら優は立ち上がり、診察室の奥へと続く扉のほうへ向かった。ゆっくりとした手つきでドアノブをひねると、一気に開放する。
「二人きりで話し合ってみましょう」
いつもの優に似合わず豪快に開け放たれたドアの先には愛梨のよく知る人物がいた。
「………………へ?」
それを認識した瞬間、顔が急激に熱を持ち、赤色に染まっていくのがわかる。頭では理解できているのに、心では嘘だと叫ぶ。ドアの向こうには、星見桃花がいた。
「行ってらっしゃい」
ポン。視界の真ん中にいる桃花がどんどんでかくなり、愛梨は背中に感じた衝撃から優に軽く押し出されたのだとわかった。思ったよりも前かがみになっていたようで、桃花に受け止められてようやくとまった。
「じゃあ、がんばって!」
そう言って診察室から出ていく優は、いつもの頼れて優しいお姉さんそのものだった。
「愛梨……」
「桃花。じ、実はね──」
それから語られた真実は、ただ「意識しすぎていただけ」という交際開始初期のような、とてもかわいらしくて、愛らしくて、いじらしくて、ますます桃花のことが好きになってしまったのだった。
閑話休題。
*
プール──更衣室出口。
内海裕幸は、眼前に広がるまぶしすぎる光景に、危うく魂を天に運ばれそうになっていた。
「ど、どうだ? 変じゃないか?」
薄桃色のかわいさが表面だって現れるフリルビキニの水着をまとった千尋は恥ずかしそうに顔を赤らめて、とびきりの上目遣いでテンプレートなセリフを投げかけてきた。
そんな千尋の姿は、またもや内海のストライクゾーンど真ん中に命中し、その背中に三対六枚の翼を幻視させるに至らせるほどのものだった。まさに、天から遣わされた天使と言っても過言ではないだろう。
「変じゃない。に、似合ってる。俺が見てきたなかで一番かわいい」
もう、ロリコンだと思われてもかまわない。この数時間の間に自身の性癖を幾度となく見つめなおしていた内海は、最終的にそう結論付けることにせざるを得なかった。メールの文面通りなら、自分のためだけに選んでくれた水着なのだ。かわいいと思えないはずがない。
「そ、そうか? なら、選んだ甲斐があったな」
トマトのように赤くなって、もじもじと、照れていると思えば、照れながらも屈託のない笑みを向けてくる。千尋のコロコロ変わる表情が子供みたいで微笑ましく思う内海だった。
「これから、どうする?」
気を紛らわせるための質問だったが、
「裕幸、そんなこと、聞くまでもないだろう?」
千尋はにやりと口角を上げ、人差し指を斜め上の方向に向けた。
内海はその指先の向くほうを見て、なるほどと手を打った。見上げた先には、誰が見ても巨大と表現するであろう規格のアトラクションがあった。
その名も、ウォータースライダー。男子にも女子にも不朽の人気を誇っているプールの代表的アトラクションだ。
説明が遅れたが、このプールはいわゆるアミューズメント型プールである。大都市付近のものとは比べ物にならないくらい小規模なプールではあるが、この地域のなかでは一番の集客率を保持していたりもする。
そんなプールの目玉アトラクションが眼前に広がるファンシーな見た目のウォータースライダースライダーだ。千尋に視線を戻すと、キラキラとした目でウォータースライダーを見つめている。そんな姿を見ていると自然とにやにやとした笑みが浮かんでくる。
「じゃあ、行くか?」
「ああ、行こう! れっつごー!」
千尋の元気いっぱいの声は、内海だけではなく、周囲にいた人々の心までもを穏やかにしていた。今回ばかりは、終始上がりっぱなしだった内海の心拍数も穏やかになるというものだった。
だが、内海は知らない、これが自分の忍耐力を試す、地獄よりも地獄らしい拷問の始まりだということを。