プールの親友「一」
皆さん、第三章です。
楽しんでますか? 目いっぱい生きてますか?
作者は今日も今日とて元気に生きています。
ところで皆さんは女の子のどんな水着が好きですか?
拙作での水着のターンはあと数日後です。
八月──千尋宅。
世間一般で言う夏休み、大学生の小山内千尋と高校生の星見桃花はエアコンの効いた天上の世界でなにをするわけでもなく、ただ涼んでいた。
「先輩、この部屋にしばらく、いいや、一生いてもいいですか?」
「ダメ」
「えー、いけず」
頬をぷくっと膨らませ、桃花が抗議してくる。そんなかわいらしい後輩の姿に千尋はふふっと小さく笑みを漏らして、仕方なさそうな口調で言う。
「一生はダメだが、夜までならいいぞ」
「いや、さすがにそこまで長居はしませんけど……」
ここまで軽い会話を共通の知り合いである小日向姉弟を入れずに繰り広げられているのは、ひとえに二人が先輩後輩という関係だけではなく、友人になってきた証拠なのだろう。
なら。千尋はポンと手を打った。
「夕食もつけてやろう」
「先輩、あたしになにかしようとしてます?」
ジトっとした目を向けてくる桃花に、肩をすくめることで答える。
「まさか……女性へのそういう気持ちは、もうきれいさっぱり消えてなくなったよ」
小山内千尋は心の底からそう実感する。目の前に無防備な女子高生──しかも美少女──がいるにも関わらず千尋の心臓は平時となんら変わりない鼓動を続けている。心臓の鼓動だけがすべてとは言えないが、たぶんもう、女性に欲情することはないだろう。不思議とそんな気がするのだ。
「それ、大丈夫なんですか?」
桃花がいつもの軽快な雰囲気に似合わず、心配そうな目を向けてくる。
「大丈夫だと思うよ。愛梨に聞いたけど、精神が肉体に定着しつつある証拠らしいから。良い傾向みたいだし、大丈夫。それに──」
千尋はそこでいったん言葉を区切り、小さく息を吸う。ひんやりとした空気を体全体で感じながら、そっと目をつむると、とある青年の姿を──思い浮かべた。
「オレ、好きな人が出来たんだ」
恥ずかしそうに言った千尋は、まさに恋する少女そのものに見えた。頬はほんのりと赤く染まり、開いた目はキラキラと輝いている。
「………………はい?」
桃花は呆気にとられたように口を開けたまま千尋のほうに顔を向けた。わけがわからないとでもいうような視線を受けて、千尋は苦笑する。
「桃花。オレ、裕幸に恋しちゃったんだ」
波一つない水面に雫を垂らしたときのように、小山内千尋の声は陽光差し込むリビングに静かに、それでも確かに響いた。
「………………マジ?」
「マジマジのマジ」
敬語が使えないほど動揺しているらしい桃花に、大きく頷いてみせるが、それでも動揺は抜け切れてないようで、
「先輩、ホモだったんですか?」
なんの悪意もない純粋な瞳でそう、問いかけてきた。
「そうなるな……いや、そうならないのか?」
千尋本人からしても、これはどう判断していいか迷う問題である。外見からしてみれば、ただの恋だと判断しても問題ない。だが、小山内千尋が抱えるのは十九歳の男子大学生としての精神だ。ほんの一か月前まで、内海裕幸を親友だと思っていた。その今でも変わらぬ思いが、想いを邪魔しているのだ。
「いや、あたしに聞かないでくださいよ」
これが本当に十二歳ほどの少女であれば、なんの問題もなかったことだろう。大学生と小学生の恋愛ということであれば、また別の問題が発生しそうではあるが、今千尋が悩んでいる問題からは解放される。
「まあ、愛梨と付き合ってるあたしが言えることじゃないですけど……」
そう肩をすくませる桃花の頬は──愛梨のことでも思い出しているのだろう──恋慕の色に染まっていた。
「どうして好きになったのか、聞いてもいいですか?」
(こういうデリケートなところにまでガンガン踏み込まず、いったん了承を得ようとするあたり、後輩としては完璧なんだよなあ)
コホンと一度咳をして、表情だけの苦笑いを浮かべる。
「別にロマンティック理由があるわけじゃないんだけどな」
あらかじめそう断ってから、千尋はゆっくり語り始めた。
つい一か月前のことなのにずいぶんと昔のように感じる。そんなずいぶん前に、千尋は恋をしたのだ。
小山内千尋が内海裕幸に恋をする経緯。
一度話し出してしまえば、堰を切ったように千尋の口からそれが言葉として出てくる。頼もしい親友へ抱いてしまった淡い恋を静かに語っていった。
その姿は本物の少女そのもので、内海への恋心に偽りなんてないことが確かになる。
しばらくして。
「だから、オレは裕幸のことが好きなんだ。それでお前に一つ頼みがあ──」
「協力してほしいんですか?」
セリフに被せられた桃花の言葉に、千尋は目を見開いた。気がつかなかったが、数秒ほど固まってしまっていたようで、
「先輩?」
桃花がこてんと、不思議そうな表情でこちらを見ていた。
「んあ。ああ、その通りだ」
桃花の先ほどの問いを肯定する。ただし、正しい解釈を付け加えて。
「協力っていうか……教えてほしいことがあるんだ。恋人持ちのお前なら、相談相手としてこれ以上の相手はいないだろ?」
非常に情けないと思う。いくら専門外のこととはいえ、後輩に両手を合わせて頼み込む先輩なんて格好がついていない。ただでさえ少女の姿になって知り合いの女子勢からはかわいいかわいいと言われ続けているのだ。先輩としての威厳がないにもほどがある。
(いや、ちょっと待て。──ここはむしろ逆転の発想で……)
千尋は頭のなかにひらめいたことを実行に移す。
「お、お願い、できる?」
両手を胸の前で組み、桃花の両の目を見るように、上目遣いをする。空気中に小さなごみでもあったのか、目がほんの少し潤んでしまった。
「先輩、あたしに任せてください!」
ぽんと、頭に手が載せられ、優しく撫でられる。桃花の手だ。女の子らしい柔らかい手の感触と、頭を撫でられることの気持ちよさが癖になる。
「桃花、ありがとう」
協力を承諾してくれた嬉しさと、頭上の気持ちよさにつられてか、千尋はへへへ、と本当にこの歳ほどの少女が出しそうな声と表情をしてしまった。
「かーわーいーいー!」
(ダメだ。完全に正気を失っているな、これ……)
今度はぎゅーっと抱きしめてきた彼女持ちの少女に対して、かわいらしい本物の少女(元男)はそう思ったのだった。