想い合う二人を引き裂いた神子
どうしてこうなっちゃったんだろう?
私はただ、幸せになりたかっただけなのに……。
事の始まりは、女神に声をかけられた時だと思う。
道に落ちていた財布を落とし物として交番に届けたら、たまたま落とし主がいてものすごく感謝された。
嬉しい気持ちのまま歩いていたら、いきなり頭の中に声が聞こえてきた。
私の世界を救って欲しい。救ってくれたら、何でも願いを一つだけ叶えるから。
え?と戸惑う私をよそに、四六時中その声が聞こえるようになった。
そもそも、世界を救えと言われても何をすればいいの? それに、この世界に帰れないのは困るよ。
私の突っ込みに、その声は世界を旅して綺麗になるよう祈ってくれればいい。世界を救った後に願えば、ちゃんと帰れると返してきた。
それならいいかな。世界を救うって、アニメの主人公みたいでかっこいいし。
やってきた異世界は、ゲームとかによくある中世のヨーロッパみたいな所だった。
私の事は神子として女神から伝わっていたようで、怪しまれる事もなくすんなりと受け入れられた。
神殿からお城へ移っても、それは変わらなかった。
お城にいる王子様やお世話をしてくれるメイド達はとても優しくて、かえって申し訳ないぐらいだった。
そして、私は世界を救うために何をすればいいのか詳しい説明を受けた。
話に寄ると、世界中のあちこちを旅して、湧き出てくる瘴気を祈りで浄化していくらしい。
その浄化を出来るのが、女神が選んだ異世界から訪れた神子だけなのだと。
私が女神に選ばれた神子って、なんか本当に主人公って感じよね。
それから、一緒に旅にするメンバー選びが行われた。
メンバーの候補には、男性も女性もそれぞれいて、私が好きに選んでいいらしい。
どうせ選ぶなら、やっぱり見た目のいいイケメンだよね。
これから毎日顔合わせるんだし、自分好みの顔を選んでもいいと思うの。
選んだメンバーは、この世界へ来た当初からお世話をしてくれてる神官と、お城に来てからずっと優しい王子様と、話し上手な商人と、口数は少ないけど剣の腕は確からしい騎士と、見た目が諸好みな魔法使いの五人。
こんなイケメンと旅が出来るなんて、気分は乙女ゲームのヒロインね。
お城で華々しい出発式が行われ、私達は旅に出た。
旅に出てしばらくは馬車の旅で、お尻が痛くなった。
馬車が入れないような場所は馬で行き、馬で入れない場所は徒歩で行く。
運動神経のよくない都会のもやしっ子には辛かった。
瘴気の浄化そのものは簡単だけど、そこに辿り着くまでが大変だとは思ってもなかった。
あまりの私のひ弱さに、魔法使い以外のメンバーが過保護になった。
魔法使いだけは過保護になる事もなく、最初から変わらず私と距離を取っていた。
その理由は、婚約者がいるから。
私好みのイケメンが婚約者持ちという事実にショックを受けたけど、一緒に過ごしている内に気持ちが変わるかもしれないと思い直す。
しばらく旅を続けても、魔法使いが私に近付く気配はなかった。
それなら、私から近付いてアピールしちゃえ。
というわけで、魔法使いに近付いたんだけど、魔法使いは婚約者がいるからと私を避けてばかり。
しょうがないから、婚約者の話が聞きたいと魔法使いに声をかけた。
嫌がられたけど、王子様に言われると、ぽつぽつと話してくれた。
政略でも婚約者の事を強く想っているのが伝わってきた。
ずるい。私だって、あんな風に想ってもらいたいのに。
それでも魔法使いへのアピールを欠かさずに旅は続いたけど、その旅も終わってしまった。
旅が終わったら、魔法使いとは会えなくなる。
王様に女神様との約束の報酬を聞かれた時、気付いたら私は魔法使いと結婚したいと口に出していた。
魔法使いは断ろうとしていたけど、王様に女神との約束の報酬を反故にするつもりかと言われたら、受け入れてくれた。
元の世界に帰るより、私は魔法使いの側にいたい。
魔法使いの婚約者、今では元婚約者にも会わせてもらった。
生粋の貴族のお嬢様である元婚約者は、まるで絵本の中にいるようなお姫様みたいな人だった。
挨拶の仕方や紅茶の飲み方一つ取っても気品に溢れていて、根っからの庶民の私が敵うはずもない。
でも、そのお姫様みたいな人は私の謝罪と牽制に言葉もなくただ俯いていた。
本当に魔法使いの事が好きなら、私の言葉に反論したはず。
それをしなかったって事は、魔法使いの事なんて何とも思ってなかったのよ。
あれだけ魔法使いに想われているくせに。
私が元婚約者と会った事が、魔法使いにとっては許せなかったみたい。
私との結婚は避けられなくても、三年後には離婚して元婚約者と結婚する。
そのために動いてると王子様に聞かされた。
まさかと思って魔法使いに確認したら、本当の事だったらしい。
どうして!? 私は女神に頼まれて世界を救った神子なのに! もう元の世界に帰る事もできないのに!
魔法使いに詰め寄って、一頻り泣いた所で気が付いた。
そっか。元婚約者がいるから、魔法使いは私と離婚したがるんだ。
それなら、元婚約者には魔法使いでもそう簡単に会えない場所に嫁いでもらわなくちゃ。
王子様に頼んだら、元婚約者は隣の国へ嫁ぐ事になったらしい。
ついでに、元婚約者に結婚式を滅茶苦茶にされたくないからと、元婚約者を式には呼ばないようにしてもらった。
これで、魔法使いも私だけのものね。
待ちに待った結婚式の当日。
私は国中に祝福されて、魔法使いと結婚した。
これで私は幸せになれる、そう信じて。
そのまま魔法使いの家に行ったら、急に部屋の中に一人閉じ込められた。
扉を叩いても返事はなく、私はだんだんと不安になってきた。
まさか、元婚約者がこの家にまで押し掛けてきたの?
翌日になって、私はようやく部屋から出られた。
でも、魔法使いはいなくて、雰囲気が何だか重苦しい。
何故か家にいる王子様から、これを読んで欲しいと何枚かの紙を渡された。
読めない文字で書かれているのに、何故か内容が分かった。
それは、元婚約者と魔法使い、それぞれの遺書だった。
中身は神子である私への恨みと、お互いへの強い想いだった。
知らなかった、私がそこまで魔法使いに恨まれていたなんて。
知らなかった、元婚約者がそこまで魔法使いを想っていたなんて。
今までとは違い、別人のように厳しい顔をした王子様が言う。
世界を救った神子様の願いは叶えられました。
あとは、女神様の神殿でゆっくり休まれるといいでしょう。
そして、私は一番最初にいた神殿へ無理矢理連れて行かれた。
広い神殿の中のどこかにある窓のない部屋の中。
そこが私の新たに暮らしていく場所になった。
神子という立場だからか、衣食住に不自由はない。
だけど、扉は外側から鍵を掛けられ、自由に外へ出る事は出来ない。
話し相手も誰もいない一人ぼっちな生活。
許されたのは、二人の残した遺書を読む事だけだ。
私はただ、好きな人と幸せになりたかった。
あの時、女神の声に耳を傾けなければよかった。
そうすれば、こんな事にはならなかったのに。
お父さん、お母さん、会いたい。
元の世界に帰りたいよ……。