第八話 ルー
ギルド見習いになる約束の日に、俺とオリヴィエはギルド内のエントランスに冒険者の為に開放されている六人掛けのテーブルにいた。
そこでお互いに目を合わすこともなく、はす向かいに座っている。
それから暫くすると、俺達の元にギルドの職員であるロジエさんがやって来た。
「二人とも待たせてしまって申し訳ないわ。彼があなた達の指導員よ」
ロジエさんが連れてきたのは、見知った冒険者だった。
「さて、お前たちが今回の生徒か。オレの名前は“フォルミ”だ。これから短い間だけどよろしく頼む」
ついこの間に会ったばかりの冒険者であるフォルミだった。
まさか彼とこんなにも早く会うなんて思っていなかった俺は、間抜けにも口をぽかんと開けていた。
その様子を見ていたフォルミが驚いたような表情で言った。
「お、お前はあの時の迷子か。久しぶりだな―」
「そうだね、久しぶりだね」
「あれ、二人は知り合いなの?」
そんな俺たちを見かねてロジエさんが不思議そうな顔をしている。
「ああ、そうなんだよ。前の依頼主が迷子になっているこいつを拾ってよ、その時は助けられたんだ! 思った以上に凄い実力だぜ!」
フォルミは俺の背中を楽し気に強く叩いた。
「そうなの?」
「ああ、そうだ。まさか一から冒険者を始めるとは……でも、この町は大きくて様々な“ルール”があるから、冒険者になるなら一度はオレのような指導員に学ぶって言うのは悪くない。お前の判断は妥当だと思うぜ!」
フォルミは何度も嬉しそうに俺の背中を叩いている。
その途中に小声で「そう言えば名前は何て言った?」と聞かれたので、ルージュと答えた。どうやら俺の名前は憶えていなかったらしい。
フォルミが馬鹿で助かった。
俺は今、ルージュと名乗っているのでフラムと言う名前を憶えているのなら、その弁明がややこしい。
「じゃあ、フォルミ、この子たちを頼むわね。立派な冒険者に育て上げて!」
「ああ、任せろ! このフォルミ様に任せて貰ったら、たった三か月でこいつらをこの町でも名前が轟くような冒険者にしてやるぜ!!」
フォルミは自信満々に強く胸を叩く。
どうやらフォルミはロジエさんにいい所を見せたいようだが、たかだか三か月目の新人が轟く名前と言えば悪名ぐらいである。
「……ええ、そうね。そうなれればいいわね」
ほら見ろ。
ロジエさんも困った顔をしているじゃないか。
三か月で名前が響く冒険者なんて、きっとろくでもない奴しかいないのだ。
「彼で大丈夫かしら?」
オリヴィエは不安そうに小さく呟いた。
それから俺とオリヴィエはフォルミの元で冒険者としての基礎を学んだ。
まずは依頼の受け方や報奨金の受け取り方などの施設の使い方から始まり、森に生えている薬草探しと言った簡単な依頼から受けていく。
それから町民のペット探しや雑草狩り、はたまた町の衛兵の補佐などの雑用を順番にこなしていく。
そして冒険者見習いになってから二週間ほどが経った時に、ようやく魔物に関する依頼をフォルミが持ってきた。
「さて、これが今回お前たちの受ける依頼書だ」
フォルミとギルドで再会した時と同じテーブルについている俺とオリヴィエは、彼が出した依頼書を二人並んで見ている。
彼が持ってきたのはルーと呼ばれる狼の形をした魔物の討伐依頼だった。
何の変哲もない普通の討伐依頼書である。
ルーと呼ばれる魔物は、旅人に嫌われる魔物だ。
それほど小型の狼ほどの大きさでそれほど強くはないのだが、彼らは群れで狩りをするのだ。鋭い嗅覚を持っているので逃げ切るのが容易ではなく、しつこく追い回される。そして体力が落ちて来たころを狙われるのだ。
「よく見たな。今回受ける魔物討伐は、ここ『アリルエージュ』では基本的な魔物の種類だ。彼らは山に出没し、旅人を襲う。被害もよく出ているから、討伐依頼も多い」
「質問があります。ここに討伐数が書かれておりませんが、私たちは何匹狩ればいいのでしょうか?」
フォルミは話している途中での質問を認めている。分からないままで進めるよりも、時間がかかっても冒険者としての仕事を理解することを念頭に置いているのだ。
この二週間、彼の指導を受けてきた印象だが、俺にとってはとてもいい印象の冒険者だった。
「何匹でも見かけた数だけ殺していい。ギルドはそれを推奨している。そもそもこの依頼を出しているのはこの町の領主だからな。それほどルーは町にとっての害獣なんだ」
「なるほど。分かりました」
「質問は他にはあるか?」
フォルミの問いかけに俺達は首を横に振った。
「では、各自準備をしてから町の正門に移動するように」
そう言ってフォルミは一足先にギルドから出て行った。
「ルー、ルーねえ」
一方で俺の隣に座っているオリヴィエは依頼書を興味深そうに眺めていた。
「ねえ、ルーって魔物は人から嫌われているんだって。一匹では人を襲う事もせず、疲れていない旅人を襲う事もないルーを臆病者って罵るらしいわ。知ってる?」
「知ってるよ。人を襲う魔物の中でも数が多いから、恨んでいる人は多いんだ。それに強くもないから生き残る人も多い。そんな彼らがルーの悪評を広めて回るんだろう?」
「そうよ。ねえ、“ルー”」
オリヴィエは俺に対して嘲笑うように言った
彼女は臆病者と言う意味を知っていて、俺の事をルーって呼んでいるのだろうか。それとも、今回の依頼書を見てたまたま思いついたのだろうか。
どちらにしても嫌な女である。
「ああ、そうそう。忘れないでよ。あなたはでしゃばらない。私の影となって動くの。私の評価を上げる為にね」
「はいはい」
「具体的にはルーを殺すのは殆ど私。あなたは殆ど手を出さない」
「でも、さぼる事はしないよ」
「ええ、ルーは小さいルーを狩ればいいわ。ルーはルーを全く殺すなとは言わない。ルーだって冒険者になるんだから。でも、もしかしたらルーに仲間だと思われるかも知れないけど」
「もしも大きなルーに襲われたら?」
「その時はルーっぽく腰を抜かせて驚いて見せて。その姿をぜひ見たいわ」
嘘か真か分からないような笑みを彼女は浮かべる。
是非ともその言葉は冗談だと思いたい。
「いい? ここでの評価が冒険者になった後も響くと聞いたわ。見習いとしてここにいる事は受け入れたけど、早く上に行くことは諦めていないの。私は一刻も早く冒険者としての地位を確立しないといけないわ」
「分かってるよ。」
俺は忌々し気に呟いた。
「いい返事ね。ルー、期待しているわ。もしも私が上に行ったら、あなたも傍仕えと置いてあげるから期待してて」
彼女は艶めかしく言った。
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