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第五話 付与術

まず、俺は自分の付与術師としての能力を確かめる事にした。

 使える付与術は三つ。

 一つは身体能力を上げる『戦士よ、獣のように戦え(スヴァートル)』だ。これは部位によって使い分ける事も出来て、込める魔力が多ければ多いほど力が上がる単純なものだ。


 次に使えるのが魔術などの威力を上げる付与術である。そもそも魔術とは、何もない場所に炎を生み出したり、風を起こしたりする不思議な力だ。森羅万象を操る力だと言われており、優れた魔術師になればなるほど様々な事ができる。


だが、この付与術は仲間がいないので使えない。使う意味がない。何故なら俺は魔術を使えないのである。素養がなかった。師匠はバンバン使っていたのだが、俺はどうやらそうでもないらしい。

 何度か練習してみたが、全く使える様子はなかった。幼馴染の賢者は最初に習ってから十分ほどで簡単な魔術なら使えるようになったというのに。


 そして最後が、怪我などを直す回復術で、『女神よ、戦士たちに休息を(ロートローダム)』というものだ。

 もちろん、神官が用いる回復術などに比べれば貧弱で、数秒で人の怪我を直す彼らと比べると非常に長い時間がかかる。


 また今の俺は不死者だ。

 この前の怪我の様子を見てみると、きっとあの程度の怪我ならすぐに治るのだから、この付与術もあまり意味が立たないだろうと思った。

 だとすれば使える付与術は一つだけ。


「さて――」


 俺は無詠唱で、肉体強化術である『戦士よ、獣のように戦え(スヴァートル)』を全身にかけた。

 もちろん、普段と同じように。

 ぴりっと全身に電流が流れるような不思議な感覚が流れる。


 ここに来るまでの使った力だ。そのおかげで馬車でも半日はかかる筈の道のりを、僅か数時間も走るだけで済んだ。

 昔から実験のように自分の体に流していたのだ。

 加減はよく分かっている。

 今の俺の身体能力はちょっぴり強化されているだろう。

 いつもと同じように。


 だけど、このままではあくまで足りない。

 俺は――“不死者”だ。

 人類にとって、生者にとって、恒久の敵の一つだ。

 正体を隠す事に自信があるとはいえ、もしかしたら何かの弾みに正体がばれるかもしれない。


 その時に逃げる力を得る事は必須だ。

 また、不死者から元の生者に戻るのにあたって、特殊な魔物の素材がいる場合にも同じように強さが必要だ。

 だから強くなるのも、俺には必要だ。


 普通なら、無力な付与術師は通常の戦闘においてはあまり使えないと言われている。

 何故なら彼らは他者の力を上げる技しか持たず、自身の強化が苦手だからだ、と言われているが、実際にはそうではない。


 付与術師は、肉体強化などの簡単な強化術を“かけすぎる”のだ。

 それは戦士たちよりも格段に効率よく、そして力強くすることができる。

 だが、それは肉体にとっては毒に等しい。


「――はあっ!」


 俺は“全力”の肉体強化術を右腕にかけた。

 そのまま目の前にある大きな大木を殴った。

 衝突、轟音。

 太い木の幹に“穴”が開いた。

 それから太い木は支えを失って、横にみしみしという音を立てながら倒れていく。


「っ――!」


 そして激痛が奔る右腕を見てみると、内側から爆ぜたように肉が裂け砕けた骨が見えていた。


 ああ、そうだ。

 これを見て、よく思い出した。


 付与術師が自分に強化術をしたがらない理由が“これ”だ。

 他者の体とは違い、最もよく勝手を知っている自分の体の場合あまりにも効率がいい強化術をかけることの出来るのだ。それは時として、自分の体を壊すほど強力な肉体強化を

 例えば、今の俺のように。


 右腕の、手首から先にかけただけでこの威力だ。

 普通の人なら再起不能の怪我だ。


 だが、“俺”は違う。


 まるで時が戻るかのように怪我が修復されていく。

 ものの数十秒の間に、激痛と共に体は修復された。その痛みは相当なものだった。まるで内側から体が焼かれているようだ。

 その痛みを、俺は必死になって歯をくいしばって耐えた。


 これが不死者としての特性で、モンスターになったという烙印だ。


 俺の今で、これから直面しなくてはいけない事実だ。


「ははっ、本当に笑えるね」


 狩る側だったはずの冒険者が、モンスターになる。

 そう口に出してしまえば、狩る側が狩られる側にシフトチェンジしたという事。なんという皮肉だろうか。


 まあ、いい。

 そんな事は。

 でも、この力は使えると思った。

 本気で肉体強化をかけた俺の体は、想像を絶する威力を持つのだと思う。

 これはどんな戦士でも勝てないような力だ。


 きっと足に使えば空を飛び、歯に使えばなんだって噛みちぎり、手に使えばどんなものでも打ち砕くことが出来るだろう。

 それによって起こる肉体への損傷も、今の俺の体なら関係がない。

あくまでめちゃくちゃに痛いだけだ。


だけど、このままでは使えない。

誰もいない場所ならともかく、人々の前でこの力を振るってしまえば、怪我が治る時に不死者だとばれてしまうのは困る。


だからこの力の制御ができなくてはいけない。

その為には経験を積まなくてはいけない。

どの程度までなら付与術をかけることができるのか、を体で知る必要がある。


とりあえず、使ってみるのがいいだろう。

幸いにも、ここに木々は沢山ある。あれを好きなだけ殴って、見た目には分からないほどに肉体を破壊する程度の強化術を学べばいい。


殴り方は知っている。

拳士である幼馴染から聞いた。


「確か、人差し指から拳を作って、ぐっと握りこんで、顔の前で両手を構えてから、真っすぐに打ち出す!」


俺はかつて幼馴染に習ったことを反芻しつつ、もう一度、今度は別の木へ拳を叩きこんだ。

力としては半分ほどだろうか。

それでも木々は問題なく破壊することはできても、腕も紫色になって骨が曲がらないところが曲がるほどのダメージを負った。


「そして全力で叫ぶ! チェスト――!!」


 何かを殴るたびに、絶叫するような声が内から溢れ出す。

 皮、筋肉、骨、血管、神経、全てを意識して効率よく魔力を流し、筋肉や関節の動きを意識してより強力に魔力を流して力を上げる付与術は、やはり自分の体にしかかけられない。


常に動きを意識して、それを補助するように使うからだ。


 そうすると、漠然と全身に魔力を流すよりも強力な付与術になる。

 あるいは強力すぎる付与術となるのだ。

 だから戦士たちはこれを目指さない。

強すぎる力は、毒だからだ。


それから俺は威力を落として、何度も何度も木々を殴った。

殴っては腕が爆ぜて、威力を落としてまた殴るのを繰り返した。勿論一度はうまくできても、すぐに力の調整を間違える。だから完璧に力の調整ができるまで木々を殴り続けた。


昼も夜も関係がなく、ただ、無心に木々を殴り続ける。

右で制御ができれば左を。それすらもクリアしたら、次は右、左のワンツーを、

これは昨日のように宿屋で感じた事だが、俺はもう睡眠もあまり必要がないのかも知れない。


柔らかいベッドの上でもあまり眠れなかった。

昼間には様々な事があって、体を動かしたのにも関わらず、だ。


どうやら不死者と言うのは、やはり人と違うらしい。

お腹も空かなければ、疲れもあまり感じなかった。だから一日中俺は自分の訓練に励むことが出来た。


 静止からの制御がうまく行けば、今度は足に強化術をかけようした。

 そのまま走る事ができるようになるまで、俺は強化術をかけまくった。

 ギルドでの模擬戦のような無様な真似はもう人前に晒さないと誓いながら。


最初は一歩足を踏み出すだけで足に力を入れ過ぎてしまい、骨が折れて歩けなくなり、頭から木の根っこに突っ込むこととなった。


だが、何度もトライしていくごとに俺の付与術の制御はうまくなった。


 夜を超え、朝を迎え、昼に到達しても、修業は止まらない。

 それほどまでに俺の強化術には課題が多く、また不死者としての限界を見極めるいい機会となった。


 そして森についてから三日ほどが経つと、拳が潰れないほどに木を殴ることが出来て、足を折らないほどに走ることが出来るほどの強化術はかけられるようになった。


 冒険者見習いとしての約束の日まではまだ余裕がある。

 俺は次に実践へと入ることにした。

 いくら練習でうまく行っても、自分の体を破壊しないほどの強化術を実践で扱えなければ意味がないからだ。


 そう考えた俺は、一歩、また一歩とより森の奥へと入って行く。

 勿論、人などいない。

 聞こえるのは魔物の不気味な声だ。


 俺はその多くの鳴き声の中で、一番近くにいる魔物へと急いだ。

 するとの中を彷徨いながらも、その魔物はいた。

 月光の下で、腐ったような緑色の肉体が不気味な魔物だった。


 肉が腐れ堕ちた人のようなモンスターだ。

 それは白目を向きながら森の中をひたすらに歩いている。口から声にならない呻き声を鳴らしながら。


 それは――俺と同じ不死者だった。

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