第四話 オリヴィエ
「どうして私の邪魔をしたの?」
俺はギルドから出ると、先ほどまで戦っていた彼女に首襟を掴まれて、悪臭漂う裏の路地へと連れ込まれた。
どうしてこうなった。
最初は逃げようかとも思ったんだけど、彼女は服の中から取り出した黒い短剣を俺の首元に突き付けたのだ。
怖くはない。
ドラゴンの牙に比べれば、だが。
それに刺されたところで不死者である俺は死ぬことはないだろう、という安心感もある。
だけど、こんな街中で正体がばれることは避けたい。
もしも不死者だとばれれば、すぐにこの町から逃げないと行けなくなるからだ。
「邪魔って、何の事?」
俺は壁につきけられたまま怯えた表情をする。
勿論、演技だ。
「決まっているでしょう? あなたのせいで、私は試験に落ちた。つまり冒険者になることが遅れたの。どう責任を取ってくれるの?」
結局のところ、ギルドマスターの判断は俺も彼女も試験に落ちた。
冒険者見習いとして一から基礎を学ぶことになったのだ。
その理由をギルドマスターはこのように語っていた。
『まず、そこの小僧はうまく扱えない力を使った。確かに凄い力だが、扱えなければ宝の持ち腐れだ。立派な冒険者になりたかったら精進するように』
厳しいお言葉だったが、確かにギルドマスターの言う通りかもしれない。
『お嬢ちゃんはまだまだ甘いところがあるから、冒険者は先送りだな。魔物相手なら急に自爆した相手でも殺さないといけない。だからもしもあの場で、小僧に剣を首元に当てていたら合格にしていたぞ」
またギルドマスターは彼女にも厳しい言葉を浴びせていた。
もしかしたら、それは彼女を冒険者見習いから始めさせるための方便なのかも知れないが、今の俺にとっては甚だ迷惑な話だった。
あの時のギルドマスターの言葉を根に持っているのか、彼女は俺に剣を突き付けていた。
刺されないことを願いたい。
「責任って……そんなのは俺には関係ないだろう?」
「いいえ、あるわ」
彼女がまた鋭いナイフを俺の首元に突き付けてくるので、それを何とか落ち着かせようとドウドウと言うが、彼女の息は荒くなるばかりでハアハアとばかり言っている。
「じゃあ、一体俺に何をしろと言うんだ?」
「そうね。どうしましょうか?」
その時、裏路地に一筋の風が吹いた。
彼女が被っているフードが風によって舞い上がる。顔が露わになった。まるで人形のように整っている顔だった。また髪も珍しい銀髪だ。
そんな彼女は妖艶な笑みを浮かべている。手に持っているナイフが似合い、彼女の笑顔がとても恐ろしいと思ってしまった。
「――決まったわ。あなたには私が冒険者になるのを手伝ってもらう。それだけでいいわ。そう難しい話じゃないわよ。あなたは私のサポートをするだけでいい」
「サポートって、同じパーティーを組めと?」
「そうね、そうとも言えるわ。冒険者見習いは先輩冒険者の元で、何人か揃って訓練を受ける。私とあなたは同じ時期に冒険者見習いになったのだから、きっと同じ班になるわね。そこであなたには私のサポートに徹してもらいたいわ」
「嫌だ、と言ったら?」
他人のサポートなんか当分の間する気にはならないのだ。
「痛い目を見る事になるわ」
彼女は俺の耳元すれすれにナイフを投げた。
その切れ味は鋭く、思わず顔にナイフが飛んだかと思って冷や汗をかいたほどだ。
「これって脅しじゃない?」
「じゃあ、いい物をあげる」
彼女は腕を下ろすと、どこから取り出したのかは分からないが金貨を一枚持っていた。
それを彼女は地面へと落とす。
勿論、俺はそれをすぐに拾った。
やったぜ。
これで、当分は食つなぐことが事ができる。例え安い宿屋であっても、そう何日も持つほど俺の懐事情は潤っていない。
俺は素早い動きで、すぐにその金貨をポケットの中へしまった。
「拾う事ができて偉いわね」
彼女はまるで俺の事を犬だと思っているのか、顎の下をわしゃわしゃとしてくる。
俺はすぐにそれを振り払おうとしたが、その前に彼女はいつの間にか金貨を手に持って、俺の眼前へと出した。
「ねえ、あんた、これ欲しい?」
俺は頭をぶんぶんと縦に振った。
例え不死者であっても先立つものは必要だ。
「じゃあ、決まりね。あなたは私のどれ……もといサポートよ」
この女、俺の事を奴隷だと言わなかったか?
お金の為に安易に彼女をサポートすることになったのは間違いかも知れない。
おそらく、いや、間違いなく、こいつはろくでもない女だ。
「ああ、そうそう私の名前はオリヴィエよ。しかとその胸に焼き付けるように。それで、あなたの名前は?」
「ルージュ」
「そう良い名前だけど、長いからルーって呼ぶわ。あなたにそんな長い名前はもったいない」
「なんという言い草だ」
「なんかむかつくわね。ほら、ルー、とってきなさい!」
そういうと、彼女は持っていた金貨を遠くのごみが溜まっているところへ投げた。
勿論、俺は身体強化の付与術をかけてそれを取りに走りに行く。
あれがあれば、十日は宿屋で過ごすことが出来るのだ。
「ルー、使えなさそうだから言うけど、私のサポートにはならなくてもいいから邪魔はしないでよ」
必死に金貨を追い求める俺に、彼女はそんな言葉を呟いたような気がするが、金貨に夢中な俺には聞こえていなかった。
◆◆◆
今の俺に足りないものは何だろうか、と考えると、やはり一番に思いつくのは俺個人の実力だと思った。
オリヴィエとの模擬試合では、たかだか攻撃を避けただけで足が折れて再起ができなくなった。自分でも驚くような弱さだと思うのだ。
だから俺はオリヴィエと別れると、人目を盗んであの森へと戻ってきた。
そう俺が目覚めた森――ラシーヌアンブルだ。
木々に囲まれた中で一人になる。
ここに来た理由は決して冒険者活動として、魔物などを狩りに来たわけではない。今の俺の実力を確かめに来たのだ。
どこが弱いかをしっかりと分析してこそ、強さが得られると思うのだ。
確かに俺は勇者パーティーと言うトップのパーティーに所属する冒険者であったが、それは“付与術師”としての事だ。これから先は不死者として、戦士としての実力が必要になってくると思う。
だからどこまでできるのか試したかった。
冒険者見習いになるまでの一週間。
実力を試すには、十分ではないだろうか。
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