第三話 ギルド
「ですから、一週間ほどのお時間を頂ければ冒険者見習いとして正式にギルドに所属することができて、それから依頼などを達成すれば正式に冒険者となれるのです」
眼鏡をかけたギルドの職員は困ったように微笑んでいたが、彼女に引くつもりは全くないようだ。
「残念ながら私にはその時間がありません。特例で、私をすぐに冒険者にしてもらえないでしょうか」
彼女はずうずうしく言う。
だが、その表情は見えない。
フードを被っているからだ。
そもそも彼女はとても分厚い服を着ていた。
ゆったりとした袖で両手を隠し、足首まで隠すローブ状のトゥニカを着ている。肌は全く出していないが、体の凹凸と高い声から女性だと分かるが、彼女から得られる情報はそれだけだった。
「仕方ないわね」
先ほどまで俺の対応をしていたロジエさんが彼女の前に移動すると、さりげなく彼女の対応としていたギルド職員と変わる。
「ごめんなさいね。この子、まだここの対応になれていなくて」
「いいえ、大丈夫です」
「でもね、大変申し訳ないんだけど、私たちも信用第一で仕事をしているのよ。だからあなただけ特例ってわけじゃいかないのよね」
ロジエさんは申し訳なさそうに言った。
「それは先ほど、聞きました。そこを何とかお願いしたいのです。」
「でもね、あなただけを特別扱いするのはちょっと難しいの。私にその権限があればいいんだけど、残念ながら私は平の職員でね、そういう事は難しいのよね」
「そうですか……」
「ほら、あそこにいる彼も今、ギルドに申し込んだのよ。彼もあなたと同じ立場。冒険者見習いとなって、やがて冒険者になる卵だわ」
顔が見えない彼女の目がじろりと俺を向く。
まるで睨まれているようにも思えてしまった。
「はあ、あんな貧相な男には興味がありません。きっと冒険者になることも難しいでしょう」
全身を隠した彼女は、何故か俺に対して厳しいことを言う。
酷い女だと思った。
「そうかしら? 彼は彼で優秀な人材だと思うけど……」
「そんな話には興味がありません」
「うーん、でも、あなたがいきなり冒険者になるのは本当に難しいのよね。別の町で冒険者として活動をしたことはないんでしょう?」
「ありません」
「じゃあ、推薦書は? もしくは紹介状でもいいわよ。もちろんここのギルドの冒険者じゃなくても、他の町のギルドの冒険者からのものでもいいわ。どうかしら?」
「持っていません」
「じゃあ、やっぱり難しいわね」
ロジエさんは顎を摩りながら考えている。
容姿を隠した彼女は何度も声を荒らげて、すぐに冒険者になれるようにロジエさんに詰め寄っていた。
――そんな時だった。
上に続く階段から一人の男が下りてきたのは。
「何やら騒いでいるらしいじゃねえか」
降りてきたのは無精ひげを生やした屈強なおっさんだ。
「あなたは?」
彼女は厳しい声色で言う。
「オレか? オレはジェネルって言うんだ。ここのギルドのマスターをやっている。で、あんたが騒いでいるお嬢ちゃんか?」
「騒いではいません。単刀直入に私を冒険者にしてほしい、って頼んでいるだけです」
「そう言われてもなあ」
ジェネルは困ったように頭をぼりぼりとかいていた。
「私はすぐに冒険者になれるだけの実力があります。何とかそれを考慮してもらえないでしょうか? ここにいる凡百の男たちよりかは実力があるでしょう」
彼女が自信満々に他の冒険者をせせら笑うと、
「何だと、やるのか、こらあ!」
「上等だ! 喧嘩なら買ってやるぞ!」
「可愛い声して何言いやがるんだ!」
それに伴って依頼書などを見ていたいかつい顔のお兄さんたちが大声で吠えた。
「はあ、お前ら黙りやがれっ!!」
彼女と冒険者たちの一触即発の空気になったのだが、ギルドマスターのジェネルの一喝により冒険者たちは大人しくなるが、彼女はせせら笑うだけだった。
「お嬢ちゃんなあ――」
「別に多くの事は求めません。ですが、私の実力は一度見てもらえないでしょうか?」
「でもなあ、まあ、いいか。じゃあ、試験をしようか。模擬戦でいいだろう? 簡単に実力を見てやる。それでオレが冒険者として十分な実力を持っていると判断すれば、冒険者にしてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、男に二言はねえ。ああ、あとついでにそこにいる冒険者志望。お前も試験してやるからこっちに来い」
え、それって俺に言っているの。
俺は試験をしなくても、冒険者見習いからで十分なんだが、と言おうとしたが、その前にロジエさんが俺を手招きで呼んだ。
「はあ、全くギルドマスターの思い付きには……ルージュ君もこっちにいらっしゃい。一緒に試験をしてくれるって。特例だけど、合格したらすぐに冒険者になれるわ」
どうやら断れる雰囲気ではないらしい。
俺は小さくため息をついてから彼らへと着いて行くことになった。
◆◆◆
俺たちが向かったのは、ギルドの裏手にある広場だった。
そこには小さな芝生が広がっており、中には剣を振っている冒険者もいる。きっとここはギルドが解放している練習場なのだろう。広場の端には幾つもの木剣が置かれており、それを使って模擬試合をしている者達もいた。
「あー、お前ら、ここを使っているところ悪いが、ちょっとスペースを開けてくれ」
そんな彼らをギルドマスターのジェクトは止めて、俺と彼女に木刀を一本ずつ渡した。
「さてと、お前たちには試験として、オレに実力を見してもらう。二人で戦うだけでいい。簡単だろう?」
ジェクトはにかっと笑った。
「ええ、私はそれで構いません。彼を八つ裂きにしたら冒険者になれるのですね?」
彼女は何度か木刀を振るいながら言う。
その軌道は立派なものであり、過去に見た勇者の剣の振りに勝らずとも劣らないものだ。斬線にぶれはなく、上から真っすぐ下に下ろしている。その動きが難しい事を剣を振ったことのある俺はよく知っている。
「ああ、そうだ。ところでお嬢ちゃん、剣を使える事は事前に彼女から聞いているが、魔法などは使えるのか?」
「ええ、使えますよ。でも、専門は近距離における戦闘です。剣も当然使えます」
「じゃあ、問題はねえな。で、そっちの坊主はどうだ?」
「昔に剣をかじったことが……」
子供の頃に勇者と一緒に剣を習ったことはあるが、ずっと勇者に負けていた苦い記憶があるのだ。
それからすぐに剣は諦めたが。
「じゃあ、魔法はどうだ?」
「強化魔法が少しだけ」
「なら使ってもいい。使えるものは全て使って戦って構わない。ただ、殺すような技だけは勘弁してくれよ」
「分かりました」
俺はそのルールに頷いた。
きっと真剣を使わないのも、殺しをしないためのルールの一つなのだろう。
「そっちの嬢ちゃんも分かったか?」
「はい。わかりました」
彼女は既に俺のほうを見ながら既に剣を構えていた。
どうやらやる気満々らしい。
隙のない彼女の構えは十分に俺に脅威を与えてくれる。
どうしてこうなった。
剣など久しぶりに握ったので、まともに戦えるわけなんてないのに。
「仕方ない、やるか」
俺は小声で自分に肉体強化の付与術をかける。
「もう一度言う。お互いに殺しは厳禁だ。それに致命傷を与えるような真似もするな。例えば目つぶしとかだな。それぞれ安全に気を付けて戦ってくれ」
俺と彼女はギルドマスターの言葉に頷いた。
「それじゃあ、はじめっ!」
ギルドマスターの言葉と同時に、彼女は先に動いた。
俺は最初に動くことができず、彼女の剣を大きく後ろに下がって躱した。
「へえ、これを躱すの。目がいいのね」
彼女は薄い唇で言った。
どうやら最初の一撃で仕留める気だったようだ。魔法を使った印象はない。オレのように身体強化をした様子もない。
だけど、その動きは早かった。
無駄のない足運びに、最短の剣の軌道。それらは一朝一夕で真似できるものではなく、この動きだけで十分冒険者としてやっていける、と元冒険者である俺は思う。
だけど、その全てを不細工に俺は躱していた。
身体強化の付与術をかければ、何とかついていける速さだ。もちろん、オレの動きには無駄が多いだろう。
反撃はできないが、避ける事だけなら何時間だってできる。
「じゃあ、これはどう?」
彼女はスピードを一段階上へと上げた。
俺の想像を超えて、木剣が眼前へと迫る。
瞬間、反射的に己の体に“今以上”の肉体強化術をかけてしまった。
大地を強く蹴る。
地面に穴が開く。
後ろに大きく下がる。
そのままバランスを崩して俺は地面へと激しく転がった。
もちろん木刀は持ち手の部分を握りつぶしてしまい、草原にうつぶせになっている。もちろん足の骨が折れており、すぐには立ち上がれない。激痛が走るからだ。
「なにこれ?」
彼女は木刀をからぶってしまい、遠くの方で倒れている俺を信じられないような目で見てしまっている。
「あー、これで試験は終わりだな。それにしてもあの坊主の肉体強化は規格外だな」
ギルドマスターの反応しずらい声が聞こえた。
ここで、初めて俺は知った。
どうやら全力でかけた俺の付与術は、自分の体を壊すほどのものらしい。
足の骨折はすぐに治った。
見た目に変化がないから、彼らには不死者だとばれていないと思うけど、このままだとまずい。
自身の強化術で不死者だと正体がばれる間抜けになってはいけない。
俺は苦い草を味わいながら、そんな事をぼんやりと考える。