第十八話 関所
暫くの間シエルと話しているといつの間にか外が暗くなっていたので、彼女に別れを言ってから少女を背負って外に出た。
高い壁を頼りに出口へと向かう。
それから人があまり歩いていない夜の街を進む。
出歩いているのは鎧を着た騎士立ちだけだった。彼らはまるで俺たちを探すように多くの火を焚いて町中をパトロールしているので、街中はいつもとは違い夜なのに昼かと思うほど明るかった。
彼らは必ず二人組で行動しており、その人数も極めて多かった。
また先ほど屋根の上を俺が走っていたことから、騎士たちは建物の上にも待機している。
「まずはこの町から出るか……」
だけど全ての騎士を倒すことは物理的に不可能だろう。
少女がいなかったとしてもそれは厳しい。
俺に人を超える力があったとしても、あの人数を相手にするのは無理だ。きっと人数差で攻められて負けるだろう。俺に多人数と戦えるような戦闘技術はない。これまでは付与術師として生きてきたのだからしょうがないのだ。
俺は少女の手を引っ張ったまま町の中を移動した。
俺の付与術は力だけではなく、感覚器官も強化される。視覚や聴覚もそうだ。俺の目は夜の中でもよく見え、彼らの足音はまるで隣にいるかのように聞こえる。
騎士の目から身を隠して移動するのは簡単だった。
関所にたどり着くまでにそう時間はかからなかった。
騎士たちは町で不死者を探しているのか、馬車が横に並んで三台も通れるほどの関所を守っている騎士は僅か二人だけだった。
俺はこれから逃げるための関所を覗いていると、いつの間にか隣にアリエスがさっと降りて膝をついて頭を下げている。
いったいこの子はどうやって俺を見つけたのだろうか。
「デス様、よくぞここまで参られました」
「ああ、お前たちも無事で何よりだ。あの場からはどうやって逃げ出した?」
「デス様が生み出してくれた混乱に乗じて逃げ切ることが出来ました。それからは身を隠しておりました。流石に私たちだけではあそこを突破するのはリスクがございますので……」
「なるほど」
確かにそうだな。
アリエルたちだけだと騎士を一人倒せるかどうかも怪しい。
「そちらの少女が例の……?」
アリエスは
「ああ、そうだ」
俺はとてもアリエスの行動が気になったが、それよりも大切なのはここから逃げ切る事だ。
一旦外に出てしまえば、不死者を隠す術も見つかるかもしれない、と今はあまり深く考えないことにしていた。
「それでデス様、これからどうしますか?」
「この町は危ないだろう。不死の騎士団は一旦、あの森に移動する。それから今後の状況を話し合うべきだろう」
かなりまずい状況なのは確かだ。
「なるほど。かしこまりました。では、どうやって逃げますか?」
「あの関所を正面突破しかあるまい」
「そうですか……。少し怪しいような気もしますが」
アリエスは顎に手をやって深く考えているようだった。
「こちらも万全の状態で行く。仲間はどこにいる?」
「こちらに――」
アリエスが手を上げると、不死の騎士団が闇の中から現れた。
俺も含めて六人の仲間。
不死であるが戦闘訓練など受けておらず、騎士相手ではすぐに負けてしまうような貧弱な仲間だが、そんな彼らも一瞬で戦士に変える方法を俺は知っている。
「さあ、我が庇護を受け取れ――」
俺は彼女たちに渾身の付与術をかける。
時間に余裕もあるので、じっくりと力を上げる事ができた。
「これは?」
アリエスは信じられないような顔をしていた。
そう言えば、彼女にかけるのは初めてだったか。先ほど処刑場でもかけたが、遠すぎたので効果が薄くて気づかなかったのだろう。
「身体強化の付与術だ。今のお前たちなら馬にも負けないぐらいの早さだろう」
「付与術……でございますか」
「そうだ。これで喚問を突破し、逃げようと思う。俺が突破口を作る。誰かこの子を背負ってくれ。向かうのは例の森だ」
「仰せのままに。我が主様」
アリエスは深い深い礼をする。
俺は少女をアクエリアスに背負わせると、関所を守る二人の騎士たちを注意深く観察した。
鎧を着た彼らは呑気にも世間話をしていた。
「――それにしても、不死者はどこにいるんだろうか……」
「厄介な奴らだ。まさか街中に現れるなんて」
「おかげで俺達も残業だ」
「全くだ」
俺はそんな話をしている騎士二人へと高速で近づいて、それぞれ拳と足でしとめた。とどめは刺していない。不死者のイメージダウンを恐れたのだ。
「今だっ!」
俺は閉ざされている関所の扉へと狙いを定めると同時にアリエスたちを呼んだ。
「分かりましたっ!」
アリエスたちがこちらへ近づいた時、遠くからびゅっと矢が飛んだ。
「そこまでだっ!」
多数の騎士を引き連れて暗闇から現れたのはパンだった。
彼は片手に短剣を持って、周りを騎士に囲まれたままこちらへと近づいてくる。
「やはり――おかしいと思ったのです。街中で不死が現れたというのに脱出経路を潰しもしない。ここの守りが少ないのは罠でしたか」
アリエスはどうやらうっすらとは予感していたみたいだ。
俺はさっぱり分からなかったけど。
でも、俺の起こす行動は変わりなどしない。
拳を強く握った。
彼らの矢が、俺の背中を狙っている。
避ける気もなかった。
全力で扉を殴る。
「チェストーー!!」
俺の突きは、一撃で固い鉄の扉を破壊した。
「ふん、逃げ道を作ったのはいいが、もうお前は網にかかった蛾よ」
だが、遠くにいるパンはこちらへと近づきながら笑っていた。
俺は何事かと思ったが、パンの余裕そうな笑みのわけが分かった。
太ももに鋭い痛みを感じるのだ。ナイフが刺さっていた。ナイフだけではなく、矢も多く刺さり、火の玉や雷撃などの魔術も受けているが、ほとんどの攻撃は俺の不死の力によって意味をなさない。
「ちっ、これだけ……」
そんな中、ナイフの傷だけは治る様子がなかった。
俺はナイフを抜く。
だが、足には穴が開いたまま閉じる様子はない。
「デス様っ!!」
俺の傍にアリエスが駆け寄った。
心配そうに俺の太ももを覗いている。
「……問題ない。お前たちはすぐにあの扉を通って逃げろ。俺は奴らと少々遊んでから追いつく」
「ですが……」
「お前たちではいても足手纏いになるだけだ。なに、心配はいらない。俺は不死だ。死なないよ」
「……それがデス様の意思とおっしゃるのなら」
アリエスは俺を名残惜しそうに見てから、他の不死の騎士団の者達と一緒に関所を突破して町から出た。
俺にはそんな間も矢や魔術が襲う。
逃げる事はできない。
太ももに怪我を負ったことによって、走ることができないのだ。立っているのもやっとなほどだ。
そんな俺へとパンは蔑みながら近づいてくる。
「勇敢な事だな。己が身を犠牲に、不死の仲間を助けるなんて。どうせ無駄な事なのに……だが、心配はいらない。皆、同じ安寧を送ってやる。この私の手によって、不死共に死と言う安寧を、な」
パンは別に神官が持つ剣を受け取り、美しい宝剣を鞘から抜き放ちながら言った。