第十二話 不死殺しの人たち
少女がいたのは暗い牢屋の中だった。
服と呼ぶのもおこがましい布を身に纏って手と足に枷が付けられたまま、醜悪な環境で監禁されている。黒い髪は輝きをなくし、黒い瞳はうつろなままだったがその身には怪我一つなかった。
もちろん彼女には食事を与えられることもなく、ずっと同じ環境だった。
歩くのが不自由なら遅いと蹴られ、誰かの慰めとばかりに暴力を振るわれる日々。
数々の拷問も受けた。
手や足の爪が剥がされ、眼球は抉り出され、体中の骨も折られた。それ以外にも数々の事を身に刻まれたが覚えていない。
既に心が擦り切れてしまったのだ。
そんな少女の元へ、男が一人近寄って鉄格子越しに喋りかけた。
「さて、気分はどうかね?」
男の名前はパン。
都市は四十歳を過ぎた頃だろうか。目じりには皺があるが、眼光は鋭い。全身を白いローブで包んでおり、その胸元には『聖音教』の紋章である正十二望星が刻まれており、彼が神官だという事を示している。
「……」
少女は何も言わなかった。
既に言葉が枯れていた。
「答える気がないのかね?」
パンは激怒して、牢屋を強く蹴った。
「開けたまえ――」
それからパンは牢を守っている二人の看守に命令すると、すぐに扉の鍵は開いた。
「恐れ入りますがパン様、既にその少女は喋れないかと……」
「別に必要ないさ――」
パンは少女を踏みつけた。
「……」
少女は固い革の靴で、成人男性に踏みつけられたとしても唸りすらしなかった。
「これは単なる憂さ晴らしさ。心臓を突いても死なず、脳を切っても死なず、焼いても死なず、水中にずっといて息ができなくても問題がない。本当に不死と言う生き物は厄介なものだ――」
「……」
「君たちは自分が無限だと勘違いしている。まるで私たちの生への冒涜だ」
「うっ……」
パンが強く踏みつけた事によって、少女の胸から空気が溢れて唸った。
「だからこそ君の声が聴けると胸がすっとするよ」
「……」
「さて、もう君の数刻後に処刑される。もちろん、処刑するのは私だ。いくら無限の命と言っても、不死殺しの妙技は“幾つかあって”私もそのうちの一つを内包している――」
「……」
「もしも君が吐いてくれて君の命を助けてやってもいい。これは温情だ。不死と言ってもいたずらに生を楽しみたいだろう?」
「いぐっ……」
返事のない少女に苛ついたパンがもう一度強く胸を踏みつけると、また唸った。
彼らに呼吸は必要ないが、まるで生者の真似事のごとく呼吸をするという。まるで自分たちが同じ人間だと言っているようで反吐が出る、というのがパンの感想だった。
「――不死のレジスタンス共はどこにいる?」
パンの目的はただ一つ――この国に蔓延る不死たちの殲滅だった。
彼らは人に仇なす大罪人。例え何も行わない空気だったとしても、人を汚染する邪な生き物だ。
彼らは生きていてはならない。
彼らは存在してはならない。
彼らの安寧は完全な死のみであり、それ以外は許されていない。
それが聖音教の教義の一つであり、人類の救済の道としてパンは付き従っている。
だが、少女が答える事はなく、ひたすら感情のない目で地面を見ているだけだった。
「忌々しい不死め――」
パンは少女に唾を吐きかけた。
「死がお望みなら殺してやる。我々の神は寛大だ。例え不死であっても救いを下さる。そう――完全なる死という救いを」
パンはそれだけ言ってから牢屋を出る。
「もう扉を閉じて宜しいでしょうか?」
「ああ、構わん」
「畏まりました」
看守の一人はパンに言われて鍵を閉める。
「さて、処刑広場の状況はどうだ?」
パンは牢屋から出ると、付き人の聖職者の一人に聞く。
「はっ、人が集まっております――」
その聖職者はパンに膝まづきながら言う。
「レジスタンス共は炙り出せるか?」
「まだ分かりませんが、近くに我々を配置するつもりであります!」
「そうか。分かった」
「あの恐れ入りますが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
パンは短く言った。
「どうしてレジスタンスをおびき出すのにこの町だったのでしょうか? この国にはこの町よりも大きな都市が数多くあります。そちらで不死を殺した方が彼らの目に入り、レジスタンスを誘き出せるのではないでしょうか?」
「いい質問だ」
「はっ、ありがとうございます」
「君は知らないだろうがね、三か月ほど前に不死を輸送していた私たちの馬車が襲撃にあった。いつまでも目的地に付かない馬車を不審に思った教会の者が調べたのだ。そして度重なる調査の結果、この町の近くにある森であるラシーヌアンブルで、我々の馬車の残骸を見つけた。勿論、不死者は見当たらなかった」
「そうなんですか」
「ああ、だからこの町の近辺に不死者がいると思っていい。それも馬車に乗った見ず知らずの不死を助けるようなお人よしだ。そいつを誘き出したい――」
「なるほど」
「だからこの作戦は重要なのだ。不死と言う異端分子を叩くためにな。例え奴らがどんな手段を用いたとしても、我々にはかなうまい」
その為に教会から何人かの騎士も借り受けた。
どれも教会の為に身を捧げ、幼き頃より戦闘訓練に明け暮れた生粋の戦士たちだ。どれだけ悠久の時を生きる不死者と言っても、生まれ持った戦士には勝てる筈がない、とパンは思う。
実際に彼らは幾人もの不死を狩ってきた実績がある。
パンはこの町で不死のレジスタンスを叩けると思うと、気分がよかった。
遂に邪悪な彼らを叩けて、ついでに自分の出世にも繋がる。
「さて――行こうか」
パンは付き人に牢の中にいる不死を連れてくるように言った。