第九話 最初の依頼は乱入がつきもの
俺達がルーを狩る為に向かった森は、俺が目覚めた森――ラシーヌアンブルだ。
俺とオリヴィエが並んで森の中を進み、その後ろをフォルミがついて歩くという形だった。
森の中を進むとルーは簡単に見つかった。
何人かの群れでこちらを見張っており、きっと森に入った時から俺たちはマークされていたのだろう。
「付けられているわね」
「そうみたいだな」
「この獣臭さはルーね。取り囲んでいるなら観察せずに私たちを襲えばいいのに。臆病とはこのことね」
オリヴィエは俺を見ながら笑った。
既に彼女は剣を抜いていた。持っているのは普通の剣であり、着ているのは旅人かと見間違うような分厚いローブ。だけどそのローブには鋼糸が編み込まれており、鎧と同等の防御力を持っている。
「でもさ、狩りをするなら当然じゃない。自分が怪我を負うと、次の狩りに行けなくなるかもしれない。冒険者だって大怪我を負いながら高難易度の依頼を達成する人よりも、たとえ低難易度であっても怪我のしない冒険者のほうが優秀だと言われるし」
骨折などの怪我をすると、そう簡単には治らない。
治癒士や薬の力を頼ったとしても、二週間はかかるだろう。その間にも冒険者の仕事はたまる。
だから怪我もせず、コンスタントに依頼をこなす冒険者のほうが優秀なのだ。
「それは弱者の考えね。弱らせなければ勝てないのなら、最初から襲わなかったらいいわ。必要なのは圧倒的な強さ。弱い者は隅っこでがたがたと震えればいいわ――」
「じゃあオリヴィエが言うのは強者の考えだね」
「そうよ。だって私は強いもの。それで、もしもルーだったらルーをどうするの? どうやってルーを討伐する?」
「どうするって、こっちから仕掛けても逃げられるだけだろう? だから開けている場所におびき出せるといいんだけど」
俺は普通の事を言った。
木々で視界が遮られ動きが制限される森の中だとルー相手には普通の人間だと戦いづらい。
戦えないことはないが、冒険者見習いとしての初めての戦いだ。
リスクを取る必要もないだろう。
「つまんない答えね。見習いとしては正解かも知れないけど、それじゃあ冒険者として二流だわ」
「ええ――」
俺は呆れた表情で肩を落とした。
まさか普通の提案をして駄目だしされるなんて思ってなかったのだ。
「だって、普通の答えだし、何より時間がかかるじゃない。そんなのかったるいわ」
「じゃあ、オリヴィエならどうするんだよ――」
俺達の会話にフォルミは入ってこない。
彼は今回のルーの討伐に関しては、全て俺たちの判断によって行う。フォルミがいるのはきっと俺たちの監視と、いざと言う時の手助けだろう。
新人の中にはルー相手に死ぬ者もいると聞く。
それを防ぐためにフォルミはいるのだ。
「私、ならそうね。じゃあ今から私の力を見せてあげる。刮目しなさい。これは、ルーには出来ない事よ!」
彼女は左手で剣をなぞる。
それはエンチャントの証。
剣が黄金に光った。
「え、まさか。今すぐするの!?」
まさか俺が近くにいる状況で、彼女がエンチャントを行うとは思っていなかったので凄く焦った。
「ルーはルーらしく、伏せていなさい。あなたのいい所はルーとは違って、人の言葉を理解しているところよ。私はこの場一体を焼くわ。そしてルーを殺す。私がいいというまで顔を上げたら駄目よ。死ぬから――」
「分かったよ。すぐにするから少しだけ待ってよ!」
彼女の言葉通りに俺はすぐにその場で伏せて、岩のように丸まった。
直後、轟音が周りで響く。
勿論、ルーの悲鳴も一緒に。俺は視線を上げる事はなかったが、その惨状はすぐに予測がついた。
「さ、開けていいわよ」
オリヴィエから許可が下りると俺は恐る恐る目を開けた。
するとあたりは木々が倒れて開けた空間となっていた。
凄い威力である。
ルーたちも多くが木によって生き埋めになっており、顔の身を出しているものが多い。
そ の中でちゃんと四本足で立っているルーは二匹のみであるが、彼らも無事ではない。二匹とも胴体を深くえぐられており、灰色の毛皮は赤く染まっていた。
「ルー、あなたは生き埋めになっているルーの討伐をお願い! 私はあの二匹を殺すわ!」
俺は彼女の言う通りに行動することにした。
持っている剣でルーの討伐の証である左耳を切り落とし、胸の中にある魔石を回収する。この魔石がお金へと換金されるのだ。
もちろん木によって埋められているルーが殆どなので、そのままだと剣で解体することも出来ないので得意の付与術を使って木々を持ち上げる。
死ぬ前の体であれば重労働だろうが、俺はこれまでの特訓のおかげで太い木であっても一人で持ち運ぶことが出来た。
俺は付与術を使って、黙々とルーを解体していく。
そして六体のルーの解体が終わった時、オリヴィアは輝く太陽の下で剣を血に濡らしながら笑顔で立っていた。
「ルー見なさい。ちゃんと殺したわ。初めてだから加減が少しだけ分からなかったけど、これなら十分ね」
彼女は満足気に言うが、俺の感想は違う。
やりすぎじゃない?
冒険者見習いでも殺せるようなルー相手にここまで森を切り開くなんて。
「そうだね。おかげで助かったよ」
もちろん、そんな事を俺は口には出さないが。
「いやあ、派手だなあ。街中でこんなエンチャントを使うのは問題だが、ラシーヌアンブルならまあいいか」
俺の近くで涼し気に立っているフォルミは、顎を摩りながらオリヴィアを褒め称えていた。
どうやら冒険者は過程よりも結果のほうが大切なようだ。
アバウトな職業である。
「ルー、お願いがあるの。私は疲れたわ。こっちのルーも解体してくれる?」
「分かりましたよ」
俺は彼女の命令に逆らうことはなく、重い腰を上げながら彼女の元へ向かった時にすぐ近くから呻き声が聞こえた。
身の毛がよだつ声は聞き覚えのあるものだった。
独特の悪臭は嫌でも鼻につく。
そこにいたのは肉が腐れ落ち、骨を浮き彫りにして、体がいびつに曲がっている二足歩行のモンスターだ。
――不死者だった。
不死者は森の中から現れて、瞳のない眼窩でこちらを見ながら、ゆっくりとした足並みで俺たちへと近づいてくる。
俺は素早く解体を終えると、不死者からは目を外さずに距離を取った。
「おい、不死者だ! 逃げるぞっ!」
フォルミが焦った声で叫んだ。