無色透明な思い出は、決して色褪せない。
「カクヨム甲子園」【ショートストーリー部門】に応募している読み切り小説です。
その高校は約50年間、僕が居る町の唯一の進学校として長きに渡りある丘の上に建ち続けている。
そんな一般的な高校に通う、しがない一般的な生徒それが僕だ。
まぁこの物語では高校生Aとでも自称していようか…
彼の高校の最上階では黄昏時、茜色に身を染めた地方の町並みを眺め、運動部の掛け声や吹奏楽部が奏でる楽器の音色、女子高生の色めく声色を心地よい風と共に感じることが出来る。
そんな青春を送るには充分過ぎる舞台で少年少女らはどんな色褪せない思い出を描いているのだろうか?
少なくとも高校生Aも色褪せない思い出を描いている高校生の一人だ。
ただ彼ら彼女らとは色褪せない理由が少しだけ違うように思える。
なぜかと言うと、高校生Aの描いている思い出には色がない、無色透明な産物だからだ。
無色透明な物に光を当てようとしても、光を遮って闇を与えたとしても全てを透過させてしまう。
まるで今の高校生Aの心のように………
或る夏の終り、高校生Aの通う高校では文化祭が催されていた。
在学中の生徒はもちろん、OB、地域住民、様々な人々がクラス展示やステージ、模擬店などに行く中、高校生Aは一人だけ待機場所の教室に残り黙々と週末課題を進めていると、その教室を通りかかった知人Aと知人Bが高校生Aに話しかけてきた。
「高校生A、何してるんだ?」
「あ、知人Aか…宿題だよ」
「まじかよ! 文化祭中に…さすがは高校生A」
「これから知人Bと模擬店回るけど、高校生Aも行くか?」
「遠慮しとくよ」
「わかった…じゃあな」
高校生Aは少し寂しそうな横顔で教室を去って行く二人の後ろ姿を見送った。
今の状況からも分かると思うが一応説明しておこう、高校生Aはこの高校で嫌われているボッチだから、この時期に一人、教室いるわけではない。
ただやるべき事の序列に順従なだけなのだ。
そして学業も運動もそこそこ出来る、と言っても一般的高校生の範疇に収まる程度だが。
それは高校生Aが高校生活を送る上では誰にも迷惑を掛けず一人で生き抜く力があるという事を意味していた。
いいや、学業や運動が出来なくても誰でも高校生活ぐらい一人で上手く切り抜けられるだろう。
そんな高校生Aの日常には人間との関わりが極端に少ない。
たまに関わったとしても、高校生Aの言動には矛盾がない、欺瞞がない、感情の歪みがない、だからハプニングが起こらない。
まぁ…この事をよく言えば、安定的で恒常的な日常であると言えるだろう。
しかし、そんな日常の数々は若さ溢れる普通の少年少女の感性からしたら、つまらない物であり、些か刺激の足りない日常であると言えるだろう。
いつからだろう… 高校生Aの日常が前者になったのは。
少なくとも中学生に成り立ての頃までは、後者の感性を持った人と同じように日常を送っていたはずだ。
だが今気づけば、高校に入学してから無欠席、無遅刻、無早退、無欠課で学校に来てはいるものの、宿題などの最低限やるべき事以外は何もしていなかった。
行事ごとには進んで参加せず、必要な事やさっきのように相手から喋りかけてきた時にしか人とも会話しなくなってしまった。
本当にいつからだろう… コストパフォーマンスを重視した人生設計図を掲げるようになったのは。
これは高校生Aにとっての信念と言っても過言では無いだろう。
高校生Aはこの信念を基に、自分自身に起こる問題だけを解決して、自分自身の身だけを守る、つまり自分の能力や財産は自分の為に使い、余計な事には不干渉であるという自分なりの人生の美学を生み出したのだ。
この考え方を簡単に意訳するとすれば、依存しあえる友人を作らず、守るべき存在も作らないと言うことだ。
そんなこんなで宿題をしながら高校生Aのこれまでの高校生活を振り返っていると、中庭からバンドミュージックの音が教室内にかすかに漏れ入ってきた。
高校生Aはふと教室の窓から中庭を見下ろしてみた。
そこにはクラスメイトのJKAが必死になって歌っている姿があった。
その姿が高校生Aの瞳に写り込んだ瞬間、さっき心の中で語っていた人生の美学など、138億年前、宇宙を誕生させたビッグバンが起きたよりもずっと先の時代に置き去りたくなるような強い衝動に駆られた。
「可愛いなぁ…」
「えぇ?! 何言ってるんだ僕は…」
高校生Aは自分で放った言葉のソースが何なのか全くわからなかった。
高校生Aはこの世に生を享けてからというもの、人に恋をしたことなど一度も無かったのだ。
ただ今は、群衆の前で一生懸命歌っているJKAを見て憧れてしまった、高校生Aには持っていない何かを彼女は持っていると感じた、そしてまだ正体もわからないそれを守りたいと心の奥底で感じたのだ。
これが恋をする感情なのか?
いいや正直、高校生Aには何もかもがわからず混乱していた。
しばらくして、JKAが一人教室に戻ってきた。
JKAは一人宿題をしている高校生Aに話しかけるわけでもなく、静かに自分の席に座った。
「あの………」
「あっ、高校生A君、後ろ向かないで私着替えてるから」
「うん… JKAさん一つだけ質問していい?」
俺は彼女の指示通り後ろを向かず、宿題をする手を止めずに言葉を投げかけた。
「いいよ」
「JKAさんの思い出は何色ですか?」
「多分、今は青色かな…」
高校生AはJKAに対して抽象的でかなり気持ち悪い質問を突然投げかけてしまった思う。
だけどJKAは落ち着いた優しい声で高校生Aの問に答えてくれた。
「高校生A君は私の事が好きなんでしょ?」
「なっ、なに言ってるんだよ!」
唐突なJKAの発言に今抱えている気持ちの正体すら分からない俺は思わず慌てふためいてしまった。
「だって私が中庭でバンドしていた時、高校生A君、ずぅーと私の事見てたよね」
確かに、あの時JKAは少しだけこちらに気づいたような素振りをしていたかもしれない。
「別に… たまたま教室から見える位置でバンドしてたから…」
「へぇ……… でも私嬉しかったんだよ、いつも何にも興味なさそうな高校生A君が私のバンドを真剣に見ていてくれて」
その場で高校生AとJKAは面と向かって会話をすることはなかった。
そんな表情の見えない相手と話したせいか、久しぶりに女子と長いこと会話をしたせいか、余計に高校生Aの異性への好奇心を掻き立てた。
そして二人の間には、しばらく沈黙の時間が続いた。
いいや… 高校生Aはペンを動かしていた手も止め、教室の中には完全な無音の空間が広がっていた。
「あぁ…ごめんね、もう後ろ向いていいよ… 私もう行くから」
高校生Aが後ろを振り返った時にはJKAはすでに教室に入り口を抜けようとしていた、その時高校生Aの目に飛び込んできたにはJKAのポニーテールが靡いた後ろ姿だけだった。
黄昏時になり文化祭は無事終了したらしい。
高校生Aは地上で在校生が撤収作業に勤しんでいるのを高校の最上階から見下ろしていた。
そこには茜色の空の下、クラスメイトと一緒に笑みをこぼしながら作業する知人A、知人B、そしてJKAの姿があった。
あの光景を見て高校生Aの体中から湧き出てくるジレンマに陥りそうな感情の正体は一体何なのだろう?
そう疑問に思いつつ、高校生Aはこのモヤモヤの正体を少しだけ知っている気がした。
その昔、ドイツの心理学者クルト・レヴィンは高校生Aの時期の人々を『境界人』という言葉を用いて表した。
子どもと大人の狭間に生きる人々、自己形成がなされていく中で大人と子ども、どちらの立場で立ち振舞をすればよいのか必死に悩む迷人… まさに今の高校生Aのように。
だが高校生Aは今、ある一つの答えを見つけた。
これは光と闇、双方の影響も受けない無色透明な思い出を描いている自分自身を変えたくて見つけた、まだ青臭くて未完成な人生設計図だ。
それでもいいと、それでも今の若き日の感性で生み出されたこの言葉を、空虚な心に支配されている全世界の『境界人』に贈りたいと、ふと思った。
『もし彩り溢れる思い出を描いた後、その思い出が色褪せて薄汚れた色になったとしてもいいんだ。だって薄汚れる前のその色は甘酸っぱくて哀愁に染まった色をしているのだから。僕らはその色を思い出すたびにきっと、幾多の困難が待ち受ける人生と言う旅路を強く自分の意思で歩んで行くになるのだろう』
「バカやれるのも高校生の特権だもんな…」
俺は無色透明な空気に向かってゆっくりと呟きかけた。
気づけば高校生Aの体は地上へ続く階段を勢いよく下っていた。
♢ ♢ ♢
この世には人生の胡乱な時代を泥臭く、懸命で、純粋に生きる境界人から爆発的に生み出される色彩溢れる色がある。
その色彩溢れる色は地球の歴史から見れば瞬きをするような一瞬の青春時代にだけ存在するからこそ価値があるのだ。
そして、その色は輝く程濃い色彩を放っているのにも関わらず、純粋無垢で透明と言う、相反する二つの性質を持ち合わせているのだ。
もし、こんな究極の色を生み出せるのなら、あなたの思い出は豊かな色彩を残したまま決して色褪せることはないだろう。
なぜなら『無色透明な思い出は、決して色褪せない。』から…。
御一読していただきありがとうございました。
よろしければブックマーク登録、評価をお願い致します。
後、こちらの作品をカクヨムでも応援して頂ければ幸いです。