世界最高の商会の創始者は、『損得勘定』に従っていただけでした。〜語り継がれるは聖人の如き人格者 実際は唯の夢想家です〜
ぐぬぬ…ええい!今日も帳簿は赤字ばかり!
一体いつになったら、『得』は訪れるのじゃ!
儂は、誰もいない空間で1人天に向かって叫ぶ。儂の名は、コルシュ。今はしがない一商人じゃが、儂のこのスキル!『損得勘定・極』これさえあれば、世界中の商売を一手に背負う程の大商人になれる!…筈なのじゃが……
儂の生まれた家は貧しい農民の家じゃった。
儂も農民として暮らし、農民としての幸福を噛み締め、農民として死んでいくのだろうと思っていた。
じゃがしかし!儂にはこのスキルがあると分かった。
そもそもスキルなんぞ持っていない奴が殆どであり、スキルを持っているだけでもてはやされる程じゃ。
そして、このスキルを使えば、その行動がやがて損になるか、得になるかが分かる。このスキルで儂は、農民から大商人に成り上がってやろうと決意し、狭い村から単身出て行き、商人になる為に学校に入って寝る間も惜しんで勉強した。
まぁ、儂はもともと天才じゃったし?
このスキルも多少は貢献したじゃろうが…
儂は見事に首席での卒業を果たした!
儂を雇いたいと言う商会は山ほどあったが、全て断ってやった!そうして、儂は自ら商会を設立し、小さいながらも立派な店舗を構え、仕入れも全て儂がやり、他の商会とは比べ物にならない程の品揃え、低価格、高品質を実現した!儂の敏腕とこのスキルさえあれば、歴史に名を連ねる大商会になるのなんぞ、時間の問題だろう。
と、思っておったのじゃが……一向に客足が伸びん。
…やはり、最初の客が悪かったのかのぉ。
最初の客は、貧乏人の親娘じゃった。
ボロっボロの服…もはやただの布じゃな。
を着てまだ、5歳かそこらの娘を胸に抱え、
必死の形相で駆け込んできた。
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「お、お願いします!
薬を…どうか薬を売って頂けませんか!?
子供が……子供が死にそうなんです!!
他の商会には売ってもらえなくて……」
チッ、貧乏人かよ…だが、一応客は客だ。
しっかり接客しねぇとな。
「はい!いらっしゃいませ!
何の薬でごぜぇ痛っ!…ましょうか?」
クッ、恥ずかしい…
噛んじまった…
「…風邪薬です」
「風邪薬ですね?分かりました。
えぇっと確かここに…あったあった。
代金は1500ゴルマネです」
「1000……あ、あの。
今お金がこれだけしか無くて……」
チャラン…チャラン…
「…30、7ゴルマネ……ですか…」
「お、お金はいつか必ず返します!
どうか…どうか薬を売って下さい!!」
…『損得勘定・極』この親娘に薬を売るのは損か?
得か?
『得』
…得か。じゃあ良いか。
「はい、分かりました」
「………………えっ!?
う、売って頂けるんですか!?」
「はい、勿論です。お金のこともあまり気にしなくていいですよ?(どうせ、得として返ってくるからな)娘さん、元気になると良いですね…」
完璧な演技!これこそが、寝る間も惜しんで手に入れた商人としての力!
クックックッ、コイツはきっと常連になるだろう…
情にほだされてな!
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「お大事に!またのご来店をお待ちしております!」
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…あれから、20年か…
未だにあの親娘からは、何も返ってきておらん。
クソが…
次の客は、大臣じゃったか?
あの対応も今思うと、良かんかったかのぉ……
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カランカラ―ン
「あ、いらっしゃいませ!って、軍務大臣様!?」
「ほう!中々綺麗な店内だ。
品揃えも豊富、品質、価格共にマ―ベラス!
これは期待出来そうだ…」
「い、一体何をお探しでしょうか?」
「武器だ。我らがキングが隣国に宣戦布告なさった。よって、我が兵士達に配る武器が大量に必要なのだ。とりあえず、この店にある分全て持ってきて貰おうか」
ぜ、全部!?それら全てが売れたら…ひぃふぅみぃ……グヘヘ。…はっ!危ない危ない…ひとまず、『損得勘定・極』武器を売る事は、損になるか?得になるか?まぁ、得にしかならないだろうが…
『損』
…はぁ?そんな馬鹿な!…損だけに。
…っていやいや有り得ないだろう。
少なくとも1000万は手に入るし、これからも贔屓にしてもらえるかもしれないだろう?
『損』
……じゃあ、逆に売らない事は?
『…』
損にも得にもならないと…
じゃあ、他に何か…
そうだ、防具を売る事は?
『得』
…いや、従うけどさぁ…殺されたりしないよなぁ?
「申し訳ございません。
武器をお売りする事は出来ません」
「…ホワッツ?…聞き間違いかね?
今、何と?」
「武器をお売りする事は出来ません」
「…店の看板には、何でもあります!
無い物は直ぐに仕入れます!
とあったが…今、この場には無いと言う事か?」
「いえ、物はあります。
ですが、売らないという事です」
「それは、王命に逆らうと言う事か?」
「そう取られても、仕方ないと思います」
…1分2分と、視線が交差し、
背中が冷や汗でベッタベタになってきた頃、
「フン、このままでは拉致があかん!
帰るとしよ…「お待ちください!」…何?」
「武器は、訳あって売れませんが…防具などは如何でしょうか?」
「…ムッ。そう言えば防具の事については頭が回っておらんかったな。
…フム、見せて貰おうではないか」
「はい!まずこちらはある鍛治師が作り上げたものでして、名はまだありませんがその腕は確かなものです。新しい製法を生み出して、今迄の鎧と同等以上の硬さを備えながら、比べ物にならない程軽いのが特徴です。どうぞ試しに着てみて下さい」
「フムフム、これは……エクセレント!
何と言う軽さだ!
まるで何もきていないかのように感じるぞ!
しかも、着心地も抜群に良い!
他にコレと同じ製作者のモノは無いのか?」
「勿論あります!こちらはですね……
「フム、いやはや随分と時間を取らせてしまった。
請求書は、部下に持ってこさせよう」
「ご購入ありがとうございます!」
「こちらも良い買い物が出来た。
ではな」
「またのご来店をお待ちしております!」
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そう言えば、あの時の戦争は何故か死者が出なかったとか聞いたがはてさて?
まぁ、このようにじゃ。一切収入がない訳でも無いのじゃが…繁盛しているとはお世辞にも言えん状態じゃ。こんな事では、大商人になるなぞ…
「お師匠様―!大丈夫ですか!?
なんか大声が聞こえましたけど!」
…ムゥ、こやつも払えば得と出たのじゃがのう…
…仕事の覚えは悪いし、すぐに商品を壊すし……
クビにするか?
「お師匠様!?
今、背筋がゾクってしました!
まさか…!お、お願いします!
クビにだけはしないで下さい!」
…チッ、勘のいい奴め……
〈20年後(コルシュ62歳)〉
ゲホッゲホッ
儂の命もここまでか…
商会をそれなりに大きくする事は出来たが…
結局、大商人には成れずじまいか……
「お師匠様!まだ死なないで下さい!
貴方が居なくなったら、僕は…
コルシュ商会はどうすれば良いんですか!?」
「…勝手に殺すな。
それに、病人の近くで騒ぐでないわ」
「お師匠様!」
「商会は、お前が継げ。
あぁ、一つ大事な事を言い忘れていた。
損得勘定には決して従うなよ?
ロクな事になら…ゴホッ!!!ガハァ!!!ーー
「お師匠様!?お師匠様―!!!」
「…ならんからな」
「あ、生きてた」
「勝手に殺す…な――
そう言い残すと体からフッと力が抜けた。
コルシュは静かに召されたのだ…
「…お師匠…様…
今までありがとうございました。
不甲斐ない弟子ですが、貴方の様な立派な商人になってみせます」
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〈1年後〉
コルシュ商会は、大陸中の流通、生産、販売を一手に引き受ける大商会へと成長した。
それは、コルシュの1番弟子ル―フの手腕のおかげ…
《では無い!!!》
『損得勘定・極』の能力は『その行動がやがて損になるか、得になるかが分かる』というもの。
なら『やがて』とはいつだ?
もし、そのやがてに死後も含まれるとしたら…?
つまりはそう言う話。
実は、最初の親娘は公爵の妾と娘で、本来あそこで死ぬ筈だったあの娘の運命をコルシュが変えた。それで恩返しの為に実力でのし上がって、妾腹でありながら公爵家を継いだ。あの時の1500ゴルマネは0が4つついて返ってくる。そして、公爵家とのパイプもできた。
次に、軍務大臣の件。あれも、本来はあの戦争で多くの人が死ぬ筈だったが、防具が良すぎて、相手の武器が全く効かなかった。また、武器はナマクラを数だけ集めただけの為、両軍共に死者0という結果に。その結果労働者が有り余り、経済と技術が急成長。その波に上手く乗れたコルシュ商会は多大な利益を上げた。
また、防具の件を軍務大臣が王に伝え、『その商人のお陰で両国で人的被害が出なかった。礼をしたい』となったが、コルシュはちょうど店舗毎引っ越していたので見つからず。また、行こうと言う時に王が死んでしまい、それからバタついていて、コルシュが死んでから新王の使者が商会にやってきて礼金と王家へのパイプが出来た。
また、それらの防具を作った鍛治師。腕は良いのだが、コミュ症&頑固で客が取れなかったが、その一件で世界的に有名になり、逆にその性格も職人気質と捉えられて、後に鍛治神として、その名を轟かせた。勿論コルシュ商会を窓口にして。
まぁ、他にも馬車で移動していたら、別大陸のお姫様を偶然助けたり、ある船団の船長と喧嘩して逆に海の航路を確保したり…と、生前の行いの全てがコルシュ商会にとっての『得』になった。
ル―フも自分の手腕で発展しているのでは無い事は理解しており、その急成長に慢心せずに、コルシュを目指して必死に商人としての腕を磨いた。
そして……
〈更に5年後〉
お師匠様、コルシュ商会は世界中の流通、生産、販売を独占しています。
商売による不幸がおきないように。
それに、お師匠様の最後の言葉にはどれだけ助けられた事か。損得勘定に従って動いていたら、今頃俺は物乞いをしていたでしょう。そんな場面が今までに何度あったことか…
お師匠様、俺は…貴方に少しでも近づけているのでしょうか?あの時、森に捨てられていた俺を拾ってくれて面倒も見てくれて…いくら感謝してもしきれません。
「パパァ―!!」
お師匠様、コラシャもこんなに大きくなりました。
貴方から貰った2文字で貴方の様になってくれる事を祈るばかりです。
…また来ます。4年も来れなくてすいませんでした。
最近は仕事もあまり忙しくないのでもう少し頻繁にこれると思います。
「そんなに来んでええわ!」
ッ!?…空耳か?
「貴方!そろそろ時間よ!」
「あぁ、もう行くよ」
墓石にはこう刻まれていた。
『人を愛し、金を愛し、商いを愛した者
その功績は止まることを知らず
その精神は穢れることを知らず
世界最高の大商人 コルシュ
安らかに眠る』
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