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3-44 死刑囚・嘉手島凛太郎の贖罪

 言葉を失ったのは、俺の方だった。

 静かに肩越しに振り返るのを、衣知佳が手を挙げて制す。

「ちゃんと前見て運転してね。雨の日だし、二人乗りは危ないんだから」

 緩やかにペダルをこいで家路に着く中、衣知佳がぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「私、産まれたときの記憶があるって言ったよね。そこにはね、二つの記憶があるんだよ。産まれてこれなかった私と、産まれてこれた私。

 産まれてこれなかった方はねえ、お父さんとお母さんが話してるんだ、産まれてくる子が女の子だったら衣知佳にしよう、って。柏手を打って、私の幸せを願ってくれて。衣知佳があの二人にとって大切な名前だったことを分かって、私は特別な子なんだ、この人たちに愛されてるんだ、言葉は分からなくても、何故だかそれを感じることが出来た。

 だから、とてもわくわくしてたんだけど、駄目だった。私は光の中に引きずり出されるんだけど、そこでいなくなって消えちゃう。そして、みんなとっても悲しむの。それが分かってしまって、私、何度もみんなに謝ったんだ。ごめんなさい、ちゃんと生まれてこれなくてごめんなさい、って。それで――それで、お父さんとお母さんたちがお参りをした神様にお願いしたの」

 衣知佳の手が、俺の方から腰に回る。俺の背に、衣知佳の身体がぴったりと当たる。

「どうかみんなを幸せにしてください、って。そしたら、どれくらい時間がたったか、どれくらい暗い中にいたのか分からないけど、気づいたらまたお母さんのおなかの中にいた。私は無事産まれて、みんなが幸せそうに笑ってた。その時思ったんだ、神様はいるんだって。きっと、神様が私の願いをかなえるために、みんなを幸せにしてくれるんだって。そう感じられたんだよ。今考えると、二人にとって大切だった井岡衣知佳さんの魂が、私に奇跡を、神の祝福を与えてくれたのかもしれないね」

 俺はお腹に回された衣知佳の手に、自分の手を重ねた。

 分かったのだ。俺がここに戻って来れたわけが。

 神様は、衣知佳の願いをかなえたのだ。

 そのために、俺の人生に再起と、みんなを救う機会を与えてくれたのだ。

 俺の罪は、あがなわれていたのだ。

 涙が、頬を伝って落ちる。

「……凜にい、泣いてる?」

「衣知佳。俺、幸せになっていいよな。俺、ずっと辛かった。本当にたくさん、後悔したんだ。この世界で、みんなが死なずに無事に生きてくれたことが、とっても嬉しいんだ。神様は、それを見ていてくれてるよな?」

「もちろんだよ、凜にいが幸せになることだって、私の願いに入ってるんだもの。前の凛にいがどんな人間だったって、今目の前にいる凛にいは私の尊敬するお兄ちゃんでしかないよ。神様は、きっとかなえてくれる。凜にい、私のお兄ちゃんで良かったね」

「衣知佳。――ありがとう」

「私も。辛いときにそばにいてくれて、ありがとう」

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