3-41 ねこわんわん
「ええっ」
俺はあまりの驚きに素っ頓狂な声を上げた。
「殺した……飯倉が?」
「はい。直接ではもちろんありませんが、以前に、私はその子が犯して隠ぺいしようとした犯罪を、明るみに晒してしまったんです。……そして、追い詰められたその子は、自殺してしまいました」
いつの間にか秋の日差しは山の端に体を沈め、飯倉の背中と俺の目を優しく焼いた。そんな彼女の姿は以前、衣知佳の中学校の帰りに見たコローの絵ではなく、ボンヴァンの夕暮れのような、寒々しく、灯が飲まれていくような黄昏を思わせた。
「それから私は、真実に気づいても、はっきりと相手に言うことが出来なくなってしまったんです。もし、私が糾弾したことで、この人に取り返しのつかないことが起こってしまったらと思うと。
ですが、真実を目の前にして、自分の気持ちを抑えきれないことも事実です。ですから、考えました。そんな時は、口にしても誰も傷つかない、優しくておかしな、別の言葉に置き換えようと」
俺は腕組みをして、飯倉の言葉を引き継いだ。
「――猫わんわん、か」
俺の言葉に飯倉がくすりと笑う。いや、そういう反応されると俺が恥ずかしくなるんだけど。
「もともとおじい様が、お父様が赤ちゃんの頃に変わった言葉を教えようとしてあやすときに使ってた言葉だったそうなんですけど、何故か子、孫と定着しちゃいました」
猫わんわんとは可愛いものだが、ある意味教育上よろしくないような気がしないでもない。それにしても、発祥があの厳格そうな人だったとは。
「給食費盗難の時に俺に代弁させたのはそういうことか」
「はい! 嘉手島さんなら、察して頂けると思いました」
無茶を言う。俺はエスパーじゃない。
「嘉手島さんが傍にいてくれたおかげで、私も色々助かってるんです。不謹慎かもしれませんけど、ある種の親近感があって。私、この事、誰にも話せなかった。私をいつか、どこかで殺めていただいた、嘉手島さんだけです」
ロマンティックにえげつないことを言うんじゃありません。
「まぁ、言いたいことは分かるし、別にお前を非難しようだなんて思わない。むしろお前に感謝してる」
前半は嘘っぱちだが後半は本当だ。
「嘉手島さん!」
飯倉は俺の手を掴み、顔をぐっと寄せてきた。俺は首だけ後ずさってその表情を受け止める。その両目が、何かの感情で輝いていた。
「お、おう」
「私のサポートになってください!」




