3-40 傾奇者・飯倉あいりの論理的帰結
「嘉手島さんから初めてお弁当をいただいたあの日、これが一緒に入っていたんです」
どうしてこれがここに。
俺ははたと、自分がこの世界で初めて目が覚めたことを思い出した。あの時、俺は既に袋に包まれた弁当を手にしていた。そして、俺がその日学校に行ってから帰ってきた後、母さんは俺に言ったのだ。
「あら、凛太郎。今日はちゃんと学校に行ったの?」と。それはつまり、俺がこの世界に来る前の嘉手島凛太郎は、以前の俺と同じ引きこもりだったことを暗示している。
そしてそれは、母さんがわざわざ弁当を袋に包んで余所行き風に仕立てる必要などない、という事を意味はしないだろうか。
という事は、あのお弁当は。――あの時、所長が俺に渡してくれたものだったという事か。
「何から何まで人と違う、ユニークな方なんだな、と思って。そしたら私、嘉手島さんのことをもっと知りたくなったんです!」
お前だって何から何まで人と違うと思うが。それにしても、大胆な告白をするものだ。
「もらった手紙も最初は冗談のつもりかなと思ったんですけど、嘉手島さんが全くこの手紙の事を知らないといった風なので、絶対におかしいと思いました。文面に書かれた未来の日付といい、もしかしたら、これは近々嘉手島さんの身に起こる事なのではないかと思ったんです」
「もしかして、俺の行く先々でお前がいたり、このIこうフェスタを企画したのもそのせいか?」
「はい。嘉手島さんを取り巻いている状況の詳細を知りたかったんです。結局、Iこうフェスタはこの件が解決してしまったので、意味のないものになってしまいましたけど。
家族旅行にご一緒したとき、あのお面を見て、ピンときました。お父さんだけ違うお面なのはたまたまそのお面が嫌いだったのかな、とも思ったのですが、塩飴かそうでないかの些細な問題で『みんな一緒の方が……』と飴の種類には言及せず、連帯感だけを強調されたときに、これはお面を手に入れた人があえてお父さんの分を揃えなかった可能性がある、と見ました。私が井岡さんとお母さんの関係を疑ったのは、土曜の縁日で干支面はその日のうちに売り切れてしまう、と話を伺ってからです。
ですが、お二人の事を話すのはきっと、家族のみなさんを愛していると答えた嘉手島さんを傷つけることになるし、身内ではない私が首をさしはさめる問題ではないと思いました。嘉手島さんも、そうおっしゃいましたよね?
ですから私は、きっと嘉手島さんの手紙にあったことは近々起こる、私にできることは、あの手紙にあった最悪の結末を回避するために、その因子を消していこう、と決めたんです。あの日の前日、衣知佳さんが『お母さんのラインを触っているお兄ちゃんの様子が変だ』とチャットしてこられたので、私は明日にでも事態が動くのではないかと考えました。
嘉手島さんのお手紙を拝見して私は、この事件のトリガーはおそらく嘉手島さんのお父様の方にある、と感じていました。事件現場は三人。刑事は原則、事件があれば二人一組で動くはずです。お父様はお母様が亡くなられた時間よりだいぶ後になって連絡をしています。という事は、緊急性はなく、警察の捜査対象としてお父様がそこを突き止めたわけではない、ということになり、三人は何らかのきっかけで自主的に集まったと結論づきます。
脅迫の線はすぐに消えました。警察官の人と直接会って脅迫するなんて、犯罪者にとってはとてもリスキーですし、それだけの相手を揺さぶれる証拠がないといけません。逆にそれだけの証拠があるのなら、井岡さんの方からコンタクトを取るのが自然です。ですが、お手紙ではお父様は嘉手島さんのラインを見て、お母様と井岡さんの関係に初めて気づいた、といった反応をされています。とすれば、井岡さんとお母様の秘密は、お父様になるたけ隠しておきたい性質のものだったということです。
そうした出会いを経て、お母様が銃殺され、死後暴行を受けている。
お父様が来たときにはすでに死んでいた、という事もまずありません。痴情のもつれで人を手にかけるとしたら、素手による暴力が先に来ることの方が自然ですし、井岡さんがお父様への何らかの報復でお母様を撃ったとすれば、通報までの時間の空白が不自然です。
お父様が二人へ憎しみを持って偽装殺人を企てた、という説もあり得ません。お母様は井岡さんの拳銃で殺されています。井岡さんが拳銃を手にしている状態でお父様が仮に偽装殺人をするよう脅迫してもまず通じませんし、警察では銃弾の数も管理しているのでお父様がお母様を撃てば新聞は警察官の拳銃と報道するはずです。
ですから私は、お母様が亡くなられたのは想定外のハプニングであり、残されたお二人だけで何らかの談合があった、そしてそれは同時にその二人はそれができるだけの、とても親しい顔見知りであったのだ、と推察しました。そこから私が出来ることは、これから起こるかもしれない悲劇を、特にお母様が銃殺される可能性を排除することでした。私は、行方のしれない井岡さんの足取りを追うことはせず、所在のハッキリしている嘉手島さんのお父様の方を監視することにしたんです。
私、あの日の前日、衣知佳さんにお願いしてグループに入れてもらってました。お父様が署内からラインの家族グループチャットで連絡を取って現場に赴くとき、パトカーの後部座席にこっそり忍び込み、所持していた拳銃から銃弾を拝借しました。空砲でも至近距離で撃てば人は死ぬので、あの時あの場所まで同行してよかったです」
そこまで考えて動いたのか。家族にして下さい、と言っていたのはそのためか。それにしても、スパイアクション映画の主人公みたいなことをするやつだ。
「そう言えば、父さんも衣知佳たちも、何でこの場所が分かったんだろう」
俺たちが再び前を向いて歩み出してから、誰もあの事について触れることはなかったので、そのとき当然出てきてもおかしくなかった疑問を、俺は今になって口にした。
「衣知佳さんはお父さんの連絡を受けて、凛太郎さんの身を心配してお母さんに打ち明けたんです。凛太郎さんがラインで井岡さんと待ち合わせをする文面を衣知佳さんは見ていたので、それで場所が特定できたそうです。お父さんは、凛太郎さんの携帯のGPSから逆探知して割り出したんです」
「電源は切ってたぞ」
「最近は電源を切っても追跡できるようになってますし、逆探知もすぐに済みます。嘉手島さんは今生の別れでお父様に電話されましたよね?」
俺は何て間抜けだったんだろう。でも、結果、これでよかったのだ。
「俺の知らないところで、飯倉、お前は頑張ってたんだな。しかし、よく俺を助けようと思ったな。だって、俺は……」
言葉を止め、深呼吸を一つしてから続ける。
「お前を殺したんだ。ずっとずっと未来の、別の世界で。怖くなかったのか」
「怖くありませんでした。嘉手島さんのお父さんもあの時、おっしゃいましたよね。人は、誰でも失敗もするし、過ちも犯す。大事なのは、そこから先の事だと。私が嘉手島さんの力になれたら、この人は将来きっと変わることが出来るって。それに、私」
そこまで言うと、飯倉は口を真一文字に結んで唾を飲み下して、俺の目を真っすぐに見つめた。
「嘉手島さんと同じで、人を殺してしまったんです」




