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3-37 家族

 父さんが手を離すと、井岡はそのまま崩れ落ちて男泣きに泣いた。父さんが俺たちのところへ戻ってくる頃には、母さんはすでに泣き止んでいたが、衣知佳からもらったハンカチでずっと顔を抑えて震えていた。

 そんな母さんの空いた手に、父さんはそっと自分の手を重ねる。

「人は、誰でも失敗もするし、過ちも犯す。大事なのは、そこから先の事だと、俺は思ってる。俺は、みんなの事が大切で、産まれて幸せだと思えるような人生を送らせてあげたい、と思って頑張ってきたのは事実だ。今俺たちがこんなことになっているのは、俺が仕事にかまけてみんなの事に気づいてあげられなかったせいだ。申し訳ない」

「正太郎さん、違うの。悪いのは私なの」

「何でお父さんが自分を責めるの? お父さんは悪くない!」

 母さんと衣知佳がこもごもに主張するのを、俺は黙ってみていた。

「それで、だ。君たちにどう言葉をかけてあげるのが正解なのかは分からないけれど……みんなにお願いがあるんだ。

 俺はこの俺たち四人で一つの家族、という形を壊したくない。色々喧嘩もしたけれど、それもひとえに俺たちがお互い一人一人を想えばこそ、だと思う。凛太郎や衣知佳が母さんを責めたのも、母さんを自分たちの唯一の母親としてちゃんとしてほしかったからだ、って。

 だから、というとおかしいのかもしれないけど、その気持ちがあれば俺たちはまた仲の良かった頃の家族に戻れると思うんだ。凛太郎や衣知佳には、こんな両親の姿を見せてしまって申し訳ないと思っているし、母さんには、俺がもっと気づいて話を聞いてあげればよかったと思ってる。そこを踏まえて。怒りを忘れろ、許せ、だなんて言わない。ただもう一度、家族として向き合ってみてほしいんだ」

 父さんの目じりから涙が滲んでいた。気づけば、衣知佳の頬には一筋の涙が伝い、母さんは再び嗚咽している。そんな三人の姿が、だんだんぼやけていく。

「雨降って地固まる、と昔の人が言ったように、悩みや苦しみを乗り越えた人間は強い。俺は、みんなが人間らしく弱いところもあるけれど、本当は強い子なんだって信じてる。きっとまたやり直せる。たとえ時間がかかっても。今回の事は、辛いこともあったけれど、俺たちが家族というものを改めて考え直すいい機会だと思ってるんだ。だから……お父さんとして、みんなに、お願いします」

 俺は握りこぶしを作った。父さん。貴方が一番辛いはずなのに。一番、この事に怒りを覚えて当然なのに。

「はい」

 母さんが消え入りそうな声でそう答える。衣知佳は顔を手で抑えて無言で首を縦に振る。

「凛太郎。典史のことは、俺からも謝る」

「何で父さんが謝るんだよ」

 俺の声は涙声になっていた。タオルハンカチで拭いているうちに、鼻水が出てきた。今度からは、死にゆくつもりでその場に臨む時でも、ポケットティッシュを持ってこようと思った。

「凛太郎君。そして、正太郎さん、美里さん、衣知佳さん。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 横に来ていた井岡典史はそう言うと土下座をした。父さんは何も言わず、寂しそうな目で俺たちの方を見つめる。

 衣知佳と母さんは涙を流して顔を抑えたまま、何も答えない。自分の高ぶった気持ちに向き合うのに精一杯なのだろう。

 俺は顔を拭くと一歩前に出た。

「……どういう理由であれ、物事には、それを許す自由と。――許さない自由がある。俺は、あんたのしたことは、ずっと許せないと思う」

 俺には分かっていた。俺が本当に許せないのは、以前の俺が色んなことから逃げてきた人間であることと、逃げつづけた果てに、飯倉あいりを手にかけてしまった自分自身であること。今、目の前にある井岡典史の怯えた姿は、彼が俺の生物学上の父親であることを何よりも確信させた。

「でも、俺は生まれたことを後悔していない。嘉手島正太郎と、嘉手島美里の子供として、嘉手島衣知佳の兄として生まれてこれたことに、感謝してる。

 ……俺があんたの瞳を持って生まれなければ、父さんと仲良くできてたかどうかも分からないからね。その点は感謝するよ。――俺にペコペコ頭を下げるよりも、天国の妹さんへ懺悔したほうがいい」

 俺が言いたいことはそれだけだった。井岡を罵ることはいくらでもできるが、これ以上は意味のない事に思えた。

 井岡から踵を返し、太陽に当たろうとその場を後にする。

 その俺の背中に、大きな手がそっと触れる。

「ありがとう」

 父さんは、そう言った。

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