3-35 DEAD END
二台の車が停車し、三人の人影が飛び出すのが同時だった。
「美里、衣知佳! どうしてここにいるんだ! 危ないから下がりなさい」
「お父さんが『凛太郎が普通じゃない、自殺するかもしれない』って私にチャット送ったからでしょ!」
衣知佳の剣幕をよそに、父さんはホルスターから銃身の短いレボルバーを引き出し、こちらに構える。
「凛太郎、その銃を下ろすんだ! 典史も、馬鹿な真似はよせ!」
井岡をはさんで、銃を構えた俺と父さんが向かい合う。何故だ。どうしてみんながここにいる?
その瞬間、井岡の身体が動いた。俺の手にあった拳銃をもぎ取り、その場に膝をつく。
「違うんだ、嘉手島。凛太郎君は何もやってない。悪いのは俺のせいなんだ。あの日から、俺はお前を裏切り続けてきたんだ。頼む、凛太郎君を、美里さんを責めないでくれ!」
「いいからその銃を下に置いて手を頭の上に置くんだ!」
拳銃を構えたままにじり寄る父さんの前に、母さんが立ちふさがる。
「もうやめて! 私が悪かったから……もう典史さんを追い詰めないで!」
「どくんだ、美里! 俺は典史に話してるんだ!」
父さんの身体がよろめく。母さんは弾かれたように父さんから距離を取ると、腰だめの姿勢で父さんに向かって手を伸ばす。その先には、父さんが先ほどまで持っていた拳銃が握られていた。
「私は貴方に話してるの」
銃口を向けられた父さんの身体がびくりとはねて止まる。
「君まで馬鹿な真似をするな」
「そうさせたのは貴方じゃない」
「どういう意味だ」
「凛太郎を見ればわかるでしょ……あなたの子じゃない事。典史さんがあの時姿を消したわけも、分かってるわけでしょ? なのに何で、私たちを責めないの? 憎いんでしょ? どうしてよ!」
「母さん、落ち着いて」
「来ないで!」
威嚇した母さんと目が合い、俺は伸ばそうとした手を止めた。やや突き出し気味に小さく開かれた口は歯を食いしばり、その両目は横合いからさす陽の光を反射して異様にてらてらとしている。その表情は、ただ我が事を果たさんがために一点だけを見つめているかのように思えた。
「私たちの事を知っていて、子供に衣知佳って名前を付けようとしたんでしょ? そうやって遠回しにあてつけておいて、典史さんがいなくなっても、分からないふりをして……何故いつもそうやって私に笑ってくれるの? そうやって笑顔でいる裏で、私の事を軽蔑してるんでしょう。あなたの事が大好きな凛太郎や衣知佳と一緒に、私を……。
私も典史さんも、確かに悪いことをした。でも、貴方がそんな風に笑って何でもない風に装ってると……謝りようがないじゃない。私、ずっと……十何年間、ごめんなさいって、ただそれだけ言いたかったのに。貴方が、貴方が大切にしてる凛太郎のように、叱ってくれれば、私、幾らでも謝れたのに。
凛太郎も、衣知佳も、私の事を軽蔑して、怒鳴りつけて、誰も私の話なんて聞いてくれない。両親と縁を切って嫁いだ私には、もうどこにも行くところがない。それでも、私は貴方や凛太郎たちのために、貴方たちを選んできた。あんなことがあったけど、私は、貴方たちみんなを愛してた。……そんな私の想いなんて、貴方の憎しみにとってみればどうってことないのよね。正太郎さん……ごめんなさい」
「誤解だ、美里。とりあえず、話をしよう。ここには典史だっている」
「ごめんなさい……私、もう『お前だけは違う人間だ』って軽蔑されて生きていくことに耐えられない」
母さんは持っていた拳銃を自分に向けた。
「やめろ! 美里!」
「美里さん、やめてくれ!」
「お母さん、やめて!」
「こないで! 私は本気よ!」
そう言って心臓に銃口を当ててみんなを睨みつけて後ずさる。
父さんが落ち着けと手を前に差し出し、一歩踏み出す。
拳銃の引き金にかけられた指が、ゆっくりと絞られて――
「ねこわんわーーーーん!」
父さんや衣知佳たちの背後から、聞き覚えのある声が駆け抜けていく。
この場にそぐわぬ、ふざけた言葉だ。
だがその言葉の奇矯さが、逆に母さんの引き金を引く指を止めた。
全員の視線が、声の出先へと向かう。
「嘉手島美里さん! その拳銃には、弾が入ってないんです。疑うなら、シリンダーを確認して頂ければわかります」
「飯倉!」
「あいりちゃん!」
飯倉あいりの姿が、そこにあった。右手で拳を作り、空に高々と掲げている。それがふと開かれるや、中身が入ったままの金色の薬莢たちが鈍い光を放ったまま地面にカラカラと音を立てて落ちていく。
「いつの間に」
そうつぶやく父の声を尻目に、俺たちの視線は飯倉から母さんに映る。
母さんの親指がシリンダーを横に押し出す。
一瞬の制止。数瞬の沈黙。
そして。
母さんは拳銃を取り落とし、泣き崩れた。




