3-32 咎人
強い日差しが、俺のいる日陰とその先の日向のコントラストを際立たせていた。
山あいにある町はずれの、廃業になって久しいガソリンスタンドの敷地。日よけのつもりでひっこんだ天井のある給油スペースも、34℃の熱気に対しては気休めにしか感じられず、俺は持ち込んだペットボトルのお茶を何度も口に運んだ。
「凜にい」
深夜過ぎ。みんなが寝静まったと思っていたリビングで、隅の夜闇から俺を呼ぶ衣知佳の声を聞いた。
「衣知佳か。どうしたんだ」
衣知佳の方は振り向かずに、俺は母さんの部屋からそっとくすねたスマホを走らせる。ラインで、井岡典史を見つけて通信を行う。
――明日の昼1時に、〇市のガソリンスタンドで待合せましょう。大事な話があります。
意外にも、母さんと井岡のチャット履歴に、愛のささやきや逢瀬をにおわせる言葉は見当たらなかった。数か月前に友達予測からつながり、母さんが井岡の身を案ずるやりとりと、引き取りたいものがある、会って話す、との井岡の提案の言葉が連ねられていた。俺は母さんに対する怒りと、それを倍加しても足りないほどの井岡に対する憎しみをあらたに、返事を待つ。
「あいりちゃんからチャット来てたよ。凛にいと話がしたいって」
「代わりに言っておいてくれ。これは家族の問題だ、お前が口をさしはさむ問題じゃないって」
「喧嘩したの?」
「いや? 今、俺たちが取り組んでいる問題の事だからさ」
「うん。――あ、返事きた。じゃあ私も家族にしてください! だって」
ふざけるな。俺は本気で怒ってるんだぞ。天然だと分かっていても、あいつの無神経な言動に我慢できない時がある。
背中で衣知佳が飯倉との会話を続けているのにはかまわず、俺は目の前の事の動静に神経を集中させた。
しばらくして、井岡の返事が来た。
――大事な話って何? 正太郎の事?
俺の口元がいびつにゆがむ。何が正太郎、だ。お前は、お前を大切にしてくれた人を裏切ったんだ。その報いは受けてもらう。お前の子供である、俺の手で。
それもあります、詳細はあってから話しましょう、と言葉を切って俺はスマホを置いた。念のため、これももっていかないといけない。でないとすぐに母さんが事の異変に気付いてしまう。
もうすぐ予定の時間だ。
俺は一つ深呼吸をすると、自分のスマホを取り出し、父さんに電話をかけた。お別れを告げたかった。
仕事中のはずだったが、2回目のコールで電話に出てくれた。
「おう、どうした凛太郎」
「父さん、俺のこと信じてる?」
「もちろんさ。俺は、俺の大切な人たちをみんな信じてる。そうやって生きてきたぞ」
「これから俺のやることには、意味があるんだ。俺は、それを正しいと思ってやるんだ。父さんたちに迷惑をかけるかもしれない。でも、これが父さんや母さんの命を守るためでもあるんだ。分かってほしい」
「待て、凛太郎。どういうことだ」
「俺、父さんの事、誇りに思ってるよ。今までありがとう。もう一度会えてうれしかった。――さようなら」
俺は通話と、電源を切った。母さんのスマホは、既にオフにしてある。
井岡典史を殺す。
そして、俺も死ぬのだ。
そうすれば、父さんも、母さんも、飯倉あいりも死ぬことはない。
それが、神が死刑囚だった俺にもう一度の人生を与えてくれた理由なのだ。
俺の頭の中で、井岡の犯した母殺しと、俺が犯した飯倉あいりへの殺人が交差する。
人殺しの息子は、所詮人殺しなのだ。相討って死ぬことが、世の理なのだ。
井岡の車が、敷地に滑り込んできた。




