3-25 写真撮影
「俺はお面なんて頼んでないぞ。子供じゃあるまいし」
「つけてください。これ、人気商品で一日で売り切れちゃうんです」
会話になってない。俺は深くため息をついて、飯倉に押し付けられたねずみのお面を頭の横につけた。顔が可愛くデフォルメされているとはいえ、ねずみみたいな害獣は日本人の気質的にありがたがらない気もするが。
真夏の生ぬるい湿気さと、それをものともしない縁日の賑わいに包まれて、俺たちは神社の境内を歩き回った。
「飯倉」
「はい」
「楽しいか?」
「はい。嘉手島さんは楽しくないですか?」
「いや。楽しいよ。――飯倉と一緒で」
ちょっとしたいたずら心のつもりで、俺は最後の言葉を付け加えたが、飯倉は俺の意図など知らぬ風で、寂しそうに笑った。
「来年は衣知佳さんも、家族のみなさんも来られるようにしましょうね」
「来年はお前の家族といてやれよ、飯倉」
色違いの水風船を指につけておばあちゃんの家に戻ると、縁日で少々つまむのを予測してか、中身は充実しているが小ぶりのおにぎりがテーブルに用意されていた。俺たちが縁側に座って食べていると、夜空に花火が上がるのが見えた。闇に光る四季咲き緋ネムが、色とりどりのグラデーションを添えて空に何度も咲き誇っている。
夏の風物詩が終わり、三人での団らんが始まった。
「麻雀をやるには後一人足りないね。こんな時、うちの人が生きててくれればね」
と、おばあちゃんは悔しそうに指を鳴らすと、テレビの横に置いていたカメラを手に取った。国産メーカーのポラロイドカメラだ。
「写真撮るの?」
「だよ。私としたことが仲のいい二人の縁日写真撮り忘れるなんてね。ごめんね」
そう言って、おばあちゃんは俺たちにカメラを向ける。フラッシュの後、カメラから写真が吐き出されると、おばあちゃんは空いた片手で空に人差し指を一本たてた。
「もう一枚撮るよ。二人とももっと寄って、寄って」
完全にそういう仲だと勘違いされてるな。俺と飯倉はお互いに一歩ずつ歩み寄る。肩がすれすれのところまで近寄ると、降ろした手と手の甲が触れ合うのを感じた。産毛の微かな感覚を通して、飯倉の温みを感じる。
二回目のフラッシュ。
「もう一枚。今度は嬉しそうに。ピースしてごらん」
まるで我が子のように嬉々として写真を撮っているおばあちゃん。俺はそんな無邪気な彼女が嫌いではなかった。
俺の右手と飯倉の左手の甲同士がくっついたまま、空いた手でピースを作る。横目で飯倉を見る。ぼんやりとした表情で、カメラの方を向いている。
俺は右手を動かして、飯倉の左手を包むように握った。飯倉のほんの微かな身体の震えが、ダイレクトにそこに伝わる。
飯倉。先輩と別れて、俺と付き合わないか。
頭に浮かんだその言葉を、俺はすんでで飲み込んだ。
俺なんかが幸せになっていいのか、飯倉にはもっとふさわしい男がいる。
確かに神様は俺に再起の機会を与えたのだと思う。そう信じている。だが、俺の心に刻まれた咎人の記憶が、俺自身に問いかけるのだ。果たして俺は、幸せになるためにここに戻ってきたのだろうか? と。
「凛太郎さん」
飯倉が声を潜めて、下の名前で俺を呼ぶ。俺の心臓が、強く震える。
「どうした――あいり」
自然と俺も下の名前を呼ぶ。
「誕生日はいつですか」
緊張が急速にしぼんでいく。
「五月だよ」
三度目のフラッシュ。写真撮影は、そこで終わった。




