1-5 衣知佳
拙作が推理文芸ランキングで日間5位となりました!
お目通しいただいている皆様のおかげです、身に余る光栄にて、大変恐縮しております(*- -)(*_ _)
お話づくりが未熟ではありますが、何卒引き続きご愛顧いただければ幸いです。
夕餉を迎える前の嘉手島一家。俺は父親の嘉手島正太郎に停学と部屋に勝手に入ったことで叱責を受け、涙を流していた。
もちろん、親に叱られて泣いたわけじゃない。これは夢じゃないと、気づいたからだ。俺はなぜか16歳の頃に戻り、父さんとこんな形だが再会できた。
初めは烈火のごとく怒った父さんだったが、俺が涙を流して嗚咽する様をしばらく見ると、ふっと短く息をついて少女に向き直った。
「まぁ。凛兄ちゃんもこんなに反省していることだし、衣知佳も許してあげなさい」
いちか。間違いない。初めて聞く名前だ。
凛兄ちゃんってことは、彼女は俺の妹なのか。
どういうことだろう。俺は心の中で首をかしげた。俺には、妹などいなかったはずだ。
衣知佳は眉根を寄せて腕組みしたままそっぽを向いていたが、こちらは父さんと違って長いため息をついた。鳶色のマッシュボブがうなだれた頭に合わせて微かに揺れる。
「……分かったー」
「凛太郎、あなた今日はちゃんと学校に行ったの? お昼は学食?」
夕食をテーブルに並べていく母さんが俺を見て言った。
「え、お弁当食べたよ」
当然の如くそう答えると、母は目を丸くして首をかしげた。母さんが作ってくれたんじゃないのか。もしかしたら、俺が作ったのだろうか。ご飯くらいは作れる。高校生の頃から、そうしていた。衣知佳のことが思い出せないのと、何か関係があるのだろうか。記憶をなくして無意識にご飯を作る。……なんだそりゃ。
俺は黙ってご飯をよそったお椀を受け取った。衣知佳はリビングのソファで折った片膝を乗せたまま、目を細めている。
「衣知佳。ご飯食べなさい」
「いい。いらない」
「ダイエットか?」
「うるさいなぁ。ほっといてよ」
「仕方ない子ね。……そうだ。みんな、今日暑いでしょ。メロンいる? 冷えてるわよ」
「メロン? 何だ美里、そんなもの買って来てたのか」
「もらったのよ。島山さんの奥さんから。親戚の人からもらったらしいんだけど、冷蔵庫に入りきらないからって」
「そういうのは警察官の家がもらうとまずいんだよなぁ。俺が代わりのを買ってくるから、美里はそれを返してきなさい」
「でも、せっかく島山さんが親切にしてくれたのに」
「気になるんだったら後で俺が説明して返してくるよ。それなら君もそれほど気を遣わないだろう?」
父、嘉手島正太郎は警察官だった。警視。I県警警察本部課長。
どこでどう利害関係者とつながっているのか分からない。暴力団。カルト。獅子身中の虫を徹底的に排除する警察の掟の中に、俺たちの家庭は成り立っている。出世競争の最中でのそういった不手際は、即、ある種の死を意味した。
そんな鉄の掟の厳しさなどおくびにも出さず、父さんはにこにこと自分の部屋から大きめの紙袋を取ってきた。
「優しいのね」
「いや、それほどでもないだろう。母さんは、いつも頑張ってるからね」
「怒らないの? 凛太郎にしたみたいに。物をもらったのだって、二回や三回じゃないわ」
父さんはいかにもおかしそうに笑う。
「何言ってるんだよ。こんなことで怒るわけないだろう。君にだって、近所づきあいとか色々あるんだし。何かあるなら、何でも相談しなさい。お父さんは、警察官だからね」
そんな父さんの屈託なく微笑む姿を、母さんは寂しそうな影を帯びた目で見つめ、「そうね」と小さく笑った。