3-23 潜入捜査
俺は、鼻から顎までを覆う大きめのマスクをつけ、薄手のコットン手袋とサングラスをポケットにつっこみ、街の万引きが多いと言われているショッピングセンター付近をぶらついていた。
一日目は、何事もなかった。すぐに見つかるとは思っていない。二日、三日……時折ちょっとした買い物を挟み、根気よくその周りをぶらつく。
五日目の真昼に、それは起きた。
広い駐車場にパトカーが姿を現し、その一角に駐車すると、中にいた二人の警官がそろってお店の中に入っていった。それを見た俺は、周りに人がいないことを確認し、ポケットの中の物を身に着けてパトカーに忍び寄る。そっとドアを開け、警察無線に手を伸ばした。昔、何かの折に父さんのパトカーに乗せてもらったときに、あの人が無線を使っていた。確か、こんなふうに言っていたはずだ。
落ち着け、嘉手島凛太郎。飯倉益宗は言っていた。声は、そっくりなのだと。
「こちらⅠ県警視嘉手島正太郎から123、どうぞ」
間もなく無線から警視庁の返事を挟んで123へ仲介される。車両の所有者照会、過去の犯罪歴、ぞう品照会等を行う警察の照会センター、通称123。
「こちら123、どうぞ」
「I市にて不審な放置車両を発見。ナンバーは……」
衣知佳の教えてくれた番号を暗唱した。
「つきましてはU号(車両所有者)の照会を願います。どうぞ」
「……ヒットしました。今伝えてよろしいか、どうぞ」
「願います。あ、出来ましたらそこから総合までお願いします、どうぞ」
しばしの間。おかしな言い方をしただろうか。先ほどの二人の警官は万引き犯への事情聴取に向かっただけのはずだ。そんなに悠長なことはしていられない。俺は無線のマイクを手に、視線をお店の入り口にくぎ付けにしていた。
「お待たせしました。まずはU号から。名前は井岡典史。住所は――」
俺の頭脳が一瞬、思考停止する。井岡典史? 待て、その名前は――。俺はうわの空のまま、言われた住所を手早くメモする。隣の市に住んでいた。
「そのほかM号、Z号の複数がヒット。以上、どうぞ」
Z号が暴力団関係者で、M号が未帰宅者の手配。家によりつかず、荒事と遊びにふける輩。俺が泥棒家業に身をやつしていた時にも、そんなごろつきはいくらでもいた。
「警視嘉手島、了解しました」
「123了解」
「こちら警視庁。警視庁から警視嘉手島」
「警視嘉手島です、どうぞ」
「徹底した職質を行い、くれぐれも受傷事故等ないように留意されたし。以上」
「はい。あ、〇対(不審者)戻ってきました」
マイクをおいてドアを閉じ、少し時間をおいてドアを開ける。
「こちら警視嘉手島、申し訳ありません。〇対は便意を催し、たまらず道端に置いて公衆トイレに行っていただけの模様です。お騒がせしてすいません」
受話口から失笑が漏れる。会話はそこで終わった。
すぐさま俺はドアを閉じてパトカーから離れ、サングラスと手袋を外す。警察は、勘違いで照会を行なった場合も報告義務が必要なのだろうか。もしそうで先ほどの通信が不自然に思われたら、レコーダーの車内映像を調べるだろう。顔を隠し、普段とは全く違う服装で来ていたから、特定は難しいと思うけれども。
それにしても、と思う。井岡典史。下の名前が父さんの言っていた特別な友達と同じ名前というのは、単なる偶然だろうか? 父さんが暴力団とつながりがあったのか、と思ったがそれはまずない。あの人は正義感の強い人だ。もしかしたら、道を外れた井岡に、更生をうながしていたのかもしれない。勿論、井岡典史がその友達本人であるという前提での話だが。
しかし、そういう道に踏み出しておいた男が、指名手配や薬物使用歴ならいざ知らず、前科前歴、非行歴さえもクリーンであるというのは俺を少なからず動揺させた。見境なしにツバをつけるふしだら者のチンピラぐらいにしか思っていなかったが、意外に賢いのかもしれない。
突然、肩を叩かれた。その瞬間、店の入り口に入っていった警官たちの制服が脳裏をよぎり、俺の身体は大きく跳ねた。
肩越しに振り返る。
「こんにちは、嘉手島さん! 奇遇ですね」




