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3-15 崩壊

 母さんが密かに男と会っているのは昔の俺が知っていたことだ。だから、衣知佳に「何かの見間違いだろ」とは聞かなかった。俺は、今の衣知佳と同じように、もしかしたらそれ以上に、不倫をした母親というものが許せなかった。

 学校でいじめられるのも、父さんがいないこの空間も、正直に言うと馴れてしまっていた。無気力で臆病だが、プライドだけ高かった俺は外ではひたすら自分が壊れないように我慢した分、家に帰ればその苦痛から解放されたように自由に暮らし、正直な自分というものを満喫していた。孤立無援の中、それで社会の歯車の一端であることを保つことが出来た。

 そこに、イレギュラーが現れた。

「明日日曜だけど、全国模試が学校であるから、行かないといけないんだ。ご飯は自分で食べて出ていくから、母さんは寝てていいよ」

 いつも家事で忙しい母さんを気遣ってそんなことを言った。父さんは、仕事でここずっと出ずっぱりで、家にいない。一日ぐらい、誰の世話もせず自分の時間を満喫させてあげたかった。

 しかし、俺は寝坊した。一点でもいい成績を取ろうと夜更かししたのが間違いだった。目覚まし時計のつまみを上げ忘れていたのに気づいた時には、午前十時を回っていた。

 反抗期の子供は理不尽に怒りや反発を覚えるもので、俺自身もやや遅めの反抗期を迎えていたが、この件は自分以外の誰をも責めるわけにもいかなかった。自分の不甲斐なさと、何だか母さんを騙してしまったような心持を抱えて、母さんが知ったら父さんが怒るだろうなと、恐る恐るドアノブに手をかけた時。

 聞き慣れない男の穏やかな声と、やや緊張気味な母の声が聞こえた。

 俺は開きかけたドアを素早く、しかし音を立てずに閉じて、耳を澄ませた。隙間越しにちらりと見えた男の顔には見覚えがない。遠い親戚だろうか。

 ――二人とも出ているの。今は私たち二人だけだから、そんなに緊張しなくてもいいのよ。

 ――凛太郎君も出かけてるのかい?

 その言葉のやりとりに拭いようのない下劣さを感じ、俺は今すぐに部屋から飛び出して二人を殴り飛ばしたい衝動にかられた。凛太郎、だと? 気安く人の名前を呼びやがって。お前は誰だよ。何様なんだ。

 しかし、臆病な俺は部屋から出ることが出来ず、家族として気遣った自分の思いを逆手に母に裏切られた怒りと、自分の唯一の安寧の場所が犯される恐怖に、暗い憎しみだけを募らせていった。

 やがて、母さんの部屋のドアノブが回る音がした。会話する二人の気配がそこに吸い込まれていく。俺は密閉型ヘッドホンを被って大音量で延々と音楽を流し続けた。

 もう、何を見たくも、聞きたくも、知りたくもなかった。

 生きていたくもなかった。

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