3-14 リメンバー
「ゲームやってたのか」
「今? んーん。何だか憂鬱だったから、寝ててスマホ触ってた」
まるでペットの頭を撫でるように、スプーンのつぼの外側で手を付けていないプリンの表面をなぞっている。
「衣知佳。前に言ってたろ。どうしても抱えきれない悩みは、誰かに伝えて、一緒に持ってもらうことが重要だって」
衣知佳は黙ってうなずく。
「良かったら、俺に衣知佳の分、持たせてくれないかな」
「そう言う事はあいりちゃんに言わないと」
「信用できません! って言われたぞこの間」
悪い秘密を共有した子供のように声を潜めてクスクスと笑う。ひとしきりそうして、ふぅーっとため息をついた。
「言っちゃうと、何かが壊れちゃう気がする。――本当に、言っちゃっていいのかな」
「それが今日みたいな喧嘩の原因になるのならな。前から聞きたかったんだけど、衣知佳、母さんの事、嫌いか?」
母さんが作った食事だけ手を付けないことも、俺はうすうす感づいていた。
「好きだよ。だからこそ、嫌いなんだと思う」
「どういう意味?」
「お母さんね……浮気してるんだ」
静かな部屋に俺の深呼吸が一つ、際立って聞こえるのが分かった。思い出したのだ。俺が引きこもりになった一番の理由を。
目の前にいる衣知佳の顔に陰がさしているように、俺の胸にも陰が下りてきたような気がした。
どうして忘れていたのだろう。記憶のどこかが、それを思い出すことを無意識にセーブしていたのか。
だが、衣知佳の言葉を受け止める心のどこかで、そんな予感がなかったといえば嘘になる。真実は、大人は人間であって、嘘もつく。色んな事をごまかして、自分の守りたいものたちと捨てざるを得ないものたちとの折り合いをつけて正当化し、生きていく。
「そうだよな。父さんがそれを知ったら、家の中ぐちゃぐちゃになっちゃうよな。衣知佳は、家のためを思って誰にも言わずにいたんだろう。今までよく一人で頑張ったし、俺にその話を聞かせてくれて、ありがとう」
俺はまず、衣知佳のやり方を肯定してから提案することにした。
「――でもね。母さんだって人間なんだ。確かに悪いことをしたかもしれない。ただその人を全面的に否定だけしても、お互いに残るのは納得のいかなさと、怒りと、悲しみだけが残ると思う。許せだなんていってない。許してはいけないことだってある。ただ、自分の為にも、相手の事を知るというのは大切な事なんだ。理解して、そこから相手を改めて否定する。こないだ衣知佳も言ったろ? 大人だって、考えすぎるとこけるんだって」
衣知佳は部屋の壁に視線をさまよわせるようにして俺の言葉に耳を傾けていた。
「だから、母さんとまず話し合うんだよ。もしかしたら、それで正気に返るかもしれない」
「でも、私、あの人と話したくない。気持ち悪い」
「じゃあ俺から話してみるよ。きっかけを作るのって勇気がいるしな」
「お母さんの会ってる男……ヤクザだよ」
俺は手の中のスプーンを落とした。失われていた記憶の欠片たちが、結集して露わになっていく。




