1-4 イレギュラー
どう考えてもおかしい。
理由は思い出せないが、俺はどうやら長い間不登校だったようだ。引きこもりというやつだ。それが自分の意思で再登校した。社会復帰というやつだ。どこにもマイナスイメージのつかない、素晴らしい響きだ。
復帰デビューで根の深いいじめ問題を自分の力で解決した。教師の手を煩わせない、この有能ぶり。
それがどうだ。5日間の停学処分。引きこもりへの出戻り転職。下りエスカレーターのジョブホッパー!
俺は溜息をついた。頭が痛いのは何もさっきの男子に頭突きかましただけじゃない。
いや。俺は首をかしげた。なぜ頭が痛いのか。そもそもこれは夢だ。俺は32歳。死刑の判決を受けて、それで――。
夢の中でも感覚らしい何かを感じるときはある。だが、この頭痛は少し生々しい。蹴りを入れた方の足の、太もも裏の筋肉が筋張った痛みを訴え始めてる。真夏の夜の暑さに肌着が湿って、皮膚に貼りついている。
これは夢じゃないのか?
胸の内からぞわぞわと這い上がってくる不可解さと高揚感の入り混じったものが、かあっと頭を火照らせる。
俺は首を横に振る。ありえない。
その時、隣の部屋で女の声がするのが聞こえた。確か、母さんの部屋だったはずだ。停学処分を受けた事、どう話そうか。夢だから、どっちでもいいか。
心ではそう思いつつ、俺の足はふらふらと隣室の方に向かっていた。自室を出てリビングに出ると件の声は大きくなり、いかにも楽しそうに弾んでいるのが分かった。勝手口の窓から漏れる光はまだ明るく、夕暮れはこれからといったところだ。
母さんの部屋を二度ノックをして、ドアを開く。
「はい! じゃあ今回はリスナーの皆さんと一緒にノーマルでプレイするということで、ロビーでお待ちしてまぁす」
ヘッドセットとマスクをつけた十代の女の子が胡坐をかいてパソコンの画面を見つめ、しなを作った調子で喋っている。
夢だ。俺は確信した。こんな子、俺は知らない。その知らない子が、母さんの部屋を勝手に私物化している姿に、俺はアブノーマルな子だと思った。ノーマルでプレイ? 昨今の若者の性の乱れが、こんな映像で結実するなんて、俺も大概だな。
母さんのベッドに腰かけ、背中から事の動静を眺めていると、突然彼女が立ち上がって、こちらをふりむいた。
「ちょ! ちょっとちょっと」
そう言って俺を引き上げ、部屋の外に押し出そうとする。マスクの隠し切れない顔の上半分が、目をむいて俺を睨む。
「せめて顔隠してよ、特定されるじゃない!」
特定? やっぱり後ろ暗い事やってるのか。
「どちら様ですか? 母の知り合いでしょうか」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声の後で、平手が飛ぶ。意外な反応に、俺はまともにそれを受けた。とても痛い。
「ふざけないでよ、勝手に人の部屋に入って来てさ。こっちは顔だし配信中なんだからね!」
ぷりぷりと怒る女の子の剣幕を尻目に、俺は自分の頬に手を当てて、呆然としていた。
「ねぇ。女の子の部屋に入って、人の作業邪魔して。何か言うべき事あるんじゃないの?」
「夢だけど……」
「?」
「夢じゃなかった」
「ふざけんなアニオタ!」
今度はみぞおちに拳が突き刺さる。