3-12 亀裂
「衣知佳! お母さんにそんな口をきくのはやめなさい」
父さんの一喝に初めて二人は俺たちの帰宅に気づいたようだった。母さんは唇を震わせて衣知佳をにらみつけ、衣知佳は不満げに目を伏せる。
俺は家族三人のトライアングルの中心に割って入るように、間に立つ。
「父さん、衣知佳の口の利き方が気になるのは分かるけど、ここはまず二人の言い分を聞こう」
「二人とも、どうして喧嘩してるんだ。こんなに服を散らかして」
「私が衣知佳に、かけっぱなしだった冬物しまうよって言って部屋に入ったら、急に怒って服を投げつけてきたのよ」
「勝手に部屋に入ってこないでって言ってるの。人の物も触らないで。それでも何かやりたいんだったら、部屋の外でやってよっ」
衣知佳の言葉の最後は金切り声のような怒声で、リビングに緊張が走る。
父さんが先ほどの剣幕とはうってかわって、たしなめるような口調で衣知佳に語り掛けた。
「衣知佳。お母さんは悪気があってそんなことしてるんじゃない。お前の為を思ってやってるんだ。それは分かるだろう」
「誰もそんなこと頼んでない。やりたかったら自分でやるし、助けが必要だったら自分で他の人に頼むから」
「どうしてそんなにお母さんにつらく当たるんだ。お母さんはお前を愛してるんだぞ。かわいそうじゃないか」
「愛してるってどういうこと?」
衣知佳の瞼に涙がたまっていた。天井から注ぐLEDの光をキラキラと反射してきらめく彼女の瞳が、口にした言葉と相まって一種のリリシズムを感じさせた。
その強い眼差しにまっすぐ射竦められ、父さんがしばし次の言葉を返せずにいると、衣知佳はその視線を母さんに向けた。
「あんたに言ってるんだよ」
吐き捨てるようにそう言うと、自分が投げ捨てた服を手早く拾い集め、自室へと戻って乱暴に戸を閉じる。
「衣知佳、ここを開けなさい。お母さんに謝るんだ」
父さんがドアに飛びついた時には、既にノブには鍵がかけられていた。
「もう、ほっといてよ!」
「駄々をこねるのもいい加減にしなさい! 悪い子だ」
「父さん」
俺は父さんの肩を掴み、振り返ったその顔に首を小さく横に振った。父さんは俺の視線をしばし真っすぐ受け止めると、ふうっと長い一息をつく。
「そんな悪い子には、晩ご飯はなしだからな。反省しなさい」
旅行帰りともあって、嘉手島一家は夕食とお風呂を済ませると早々に床に就いた。
草木が果たせない宵っ張りをしているこの時間に、ダイニングで動くものがいる。
俺だ。




