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3-11 始まり

 二日後、俺たちはおばあちゃんに別れの挨拶をし、いつかの再会の約束をして家路へと着いた。帰りの電車は仕事終わりの社会人たちの人ごみとかち合い、家にたどり着くころには午後八時を越えていた。

「あいりちゃん、凛太郎。車に乗りなさい、送ってあげるから」

 黒のアコードハイブリッドが、飯倉のナビで誰もいない通学路を注意深い速度で流していく。俺と飯倉は父さんのエスコートに従って後部座席に座り、遥か遠くに見える街の光や黒々とした田舎の景色を見るともなく眺めていた。

「嘉手島さん」

 突然、飯倉が耳打ちする。

「どうした」

「衣知佳さんのこと、愛してますか」

 俺は思わず飛びのいた。その勢いでドアに頭をぶつけて、それをバックミラーで見ていた父さんに笑われる。

「突然、何を言い出すんだ」

「そのままの意味です」

「家族としては愛してるが、それだけだ。それ以上の何かに映ったか」

「いいえ」

 じゃあ何故聞く。

「お父さんもお母さんも愛してますね?」

「もちろん」

 そう答えると飯倉は窓外の黒い帳に視線を流し、猫わんわん、と例の謎の言葉を小さい声で呟きだした。膝の上に置かれた両手が拳を作って震えている。

 俺は腕組みをして、胡散臭そうな目で飯倉を見る。こいつの奇行は今に始まった事じゃないが、一体何を考えているんだ。

 家の門の前で飯倉を見送り、寄り道もせずに自宅へ帰りつく。

「ん?」

 ガレージにバックで駐車する父さんが、眉根を寄せて家の窓を注視した。

「どうしたの」

「いや。明かりはついてるのにやけに静かだなと思ってな」

 言われてみれば。排煙のために勝手口そばに取り付けられた外倒し窓が開いているのに、夕餉の匂いもテレビの音も聞こえない。

 刹那、空気に緊張が走る。黄色い悲鳴。そして罵声。俺が助手席のドアに手をかけるときには、父さんはすぐさま車を出て駆けだしていた。後を追って、玄関口になだれこむ。

 衣知佳の部屋からリビングのテーブルや床まで、ハンガーにかけられたままの冬物の服が、カラフルに澱んだ川のように散乱していた。それを間に挟み、母さんと衣知佳がリビングの端にそれぞれ陣取ってにらみ合っている。

「あんたに母親づらされる覚えないから。ほっといてよ!」

「そんなに親の言う事が聞けないなら、この家から早く出ていきなさい!」

「出ていくのはあんたの方だろ!」

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