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3-10 夕焼けにて

 参詣ルートを一周して初めの境内に戻ってきた時も、俺は自分がたどり着いた結論の衝撃にまだ立ち直れずにいた。衣知佳の存在がとても儚いもののように思えたからだ。

「もう。私のためにこんなことまでしなくていいのに」

 疲労困憊で父さんの背中に文句を垂れる妹の横顔を、俺は盗み見ていた。飴色の空の逆光に相まって、今見ている光景がどうしても夢幻のように思えてくる。

「みなさん、暑いですね。良かったら塩飴食べてください」

 背後の飯倉の声に振り向く衣知佳と視線がかち合う。俺は反射的に目をそらせ、飯倉の方を見る。飯倉の手には透明のプラスチックの袋に包装された半透明色の飴がいくつか握られていた。

「あいりちゃん、ありがと! いただきまーす」

 さっきまでの疲れがどこかに吹き飛んだような顔で衣知佳がその先頭を切る。俺たちも後に続いて飴を一つずつ受け取り、何の因果か父さんが一番最後になった。

「あれ? これ、塩飴じゃない」

 そう言われてみると、駄菓子屋で見るようなコーラ飴だ。

「コーラ飴はお嫌いですか?」

「嫌いじゃないけど、一人だけ違うものなのもなぁ、って思っただけ。別にいいんだよ、ごめんね」

「では、私の飴を差し上げます」

「いや。それじゃああいりちゃんが一人だけ違うものじゃないか。いいよいいよ」

 そう言って父さんは飯倉の手から飴をつまむと、口に放り込み、「うん。しゅわしゅわあわ玉」と口に膨らませてにこにこしだした。こんなかわいげのある人が、自分の仕事のことになると鬼の顔になるのだから、人間とは不思議なものだ。

 不意に手首を掴まれた。びっくりして振り向く間もなく、衣知佳の不満げな顔が目の前に割り込む。

「さっきも見てたでしょ。どうしたの? 凜にい、さっきから変だよ」

 俺が言葉に詰まると、ますます衣知佳は唇と眉根を尖らす。

「さては凜にい、一人だけ違う事お願いしたんでしょ。せこいなー、みんな一緒じゃないと、お父さんが悲しんじゃうよ」

「こらこら、衣知佳、よしなさい。お兄ちゃんだって、自分の事で色々悩んでるんだから。なぁ」

 父さんがニヤニヤして俺と飯倉を交互に見る。やっぱりそう思われてるのか。俺はまんざらではな気持ちもあるけど、飯倉には弁当を作る彼氏がいると聞いたら、父さんは飛び上がってびっくりするだろうなぁ。俺も意味わからないもん。

「いや。みんなの事考えてたんだよ。このままこんな平和な日々が続いていけばいいな、って」

 俺はそう答えると手首を回して衣知佳の手を逃れ、フリーになった右手で彼女の左手を優しく握った。

「ちょっとちょっと。あいりちゃん見てるよ。こういう不埒なことしていいのかなぁ」

 さっきまで俺の手首とってたの誰だよ。

 俺が衣知佳のぼやきを無視してそのまま歩き出すと、左手が小さな温みに包まれた。

「はい。これで大丈夫ですね」

 目をやるまでもなく、飯倉の手が俺の残った手を掴んでいる。全く、飯倉。お前は何なんだよ。

 二人と手をつないだまま、神社の長い石段をゆっくりと降りていった。俺は、二人の娘に挟まれた親のような気持で静かに帰途に就く。

 やがて、二人が示し合わせたように俺の前方に割り込む。二人して俺の手を斜め上方に引き伸ばすようにして、衣知佳が嬉しそうな声を上げる。

「捕まえたっ。UMA。マジ宇宙人」

 さいですか。

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