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3-9 生まれて来れなかった君を想うこと

 牧歌的な無為を貪る日々が数日続いた。俺がこの日のために用意した七つ道具(笑)――ワライまで含めて命名したのは衣知佳だ――は誰に使われることなく、衣知佳はスマホでネットのまとめブログに目を通し、飯倉は部屋の隅にあったバランスボールに絶妙なタイミングで座ったまま食品衛生学のムック本を読み、俺は風鈴の音を聞きながら寝転がるか衣知佳の夏休みの宿題を手伝ったりした。

「よし、今日はみんなで中谷浜神社にお参りに行くか」

 実家に帰るまであと二日を残した朝。俺たち三人が洗面所で歯磨きをし、俺が自分のコップを忘れ、「何であんな無駄なものばかりに気は向くのに、身の回りの物を忘れるかな~」と衣知佳に愚痴られつつ借りたコップの水で口をゆすいでいる時、既に起きて支度をしていた父さんがそう呼びかけた。

 俺たちは着替えを済ませると山へと登る本道まで歩き、そこからやや急な傾斜になったアスファルトの道へと一歩踏み出した。おしゃれのつもりでつっかけたサンダルが履き慣れていないせいもあるが足に合わず、鼻緒に当たる親指と人差し指の間が次第に痛みを訴えだす。気温は朝から坂道を上る俺たちの水分をわっと吸い出させるには十分な暑さで、徐々に高く上り詰めていく。行きの事も帰りの事も考えると気が滅入りそうだ。

 しばらく進むと道は見る見るうちに平坦になり、左右にまっすぐ一線に伸びた一際広めに舗装された石畳をはさんで低い石段の連なりが目の前に見えた。そこを上りきった先に、鳥居の頭が覗いている。

 お祭りも行われる所という事で予想はしていたが、神社は想像していた以上に広かった。一面に広がる玉砂利の中を、申し訳程度の敷石が一本通っている参道。鳥居、手水舎、社殿や絵馬殿、売店などの建物が適当な位置に配され、その間を縫うように道がまた5,6段程度の石段を経てさらに奥へと続いていた。

「やっと着いたねー」

 距離にしたら大したことはないだろうが、猛暑の中での馴れない坂道は俺たちの体と心を消耗させるのには十分だった。途中で買った麦茶のペットボトルの中身をあおりながらぶらぶらと前進する。

 父さんの姿が急に見えなくなったので辺りを窺うと、鳥居の前で頭を深く下げていた。

「衣知佳の大事な将来のためだ。神様に礼節は尽くさないとな」

 そう言われると俺たちが従わないのも衣知佳に悪い気がする。いいよいいよと衣知佳が引き留めるのをかまわず、俺たちは鳥居に戻って一礼をして、後は父さんの行動に従って手を清めた。

「あそこの拝殿でお参りをするんだが、この先もずっと道が続いていてな。少し階段を上る事にもなるが、そこにもお参りをする所があるんだ。てっぺんまでいって回ろうじゃないか」

 父さんの提案に衣知佳がぶーをたれ、おばあちゃん無理しちゃだめだよ、と味方を作りに行く。が、そう言われた本人が「かわいい孫のためだもの」と一番意気込んでいた。母は強し、婆も強し。

 ――あれ?

 拝殿に近づいていくにつれ、俺は胸がざわついていくのを感じた。何だろう、この感じ。とても大事なことを忘れているような気がする。

 それぞれが皆お賽銭用の小銭を用意し、拝殿の前へと進む。父に合わせて一礼し鐘を鳴らすと、一家全員そろって柏手を打ち、賽銭箱にそっと小銭を入れる。

「ねぇ、父さん」

 俺は、拝もうとしていた父さんに横から声をかけた。

「どうした、凛太郎」

「ここには、毎年来てたの?」

 父さんが寂しそうに微笑む。

「そうか。お前、ちょっと記憶があいまいになってる、って言ってたものな。普段通りに生活できてるから、忘れてたよ、すまない。お父さんも仕事で忙しいから、毎年は来ていないよ。大事なお参りをするときだけだ」

「以前は、どんな時に来ていたの?」

「父さんと母さんの結婚が決まった時、お前が生まれたとき、そして、母さんが衣知佳を妊娠した時、などかな」

「あ」

 俺は言葉を失った。

 振り向いて、衣知佳の顔を見る。視線に気づいた彼女が一瞬きょとんとして、俺の表情の悲痛さに気づいたのかぷっと噴き出して俺の肩をはたく。

「ちょっと、何なの凛にい。怖い顔しないでよ」

 思い出したのだ、衣知佳の事を。何故、俺は忘れていたのだろう。

 衣知佳は、産まれてこれなかったのだ。子宮外妊娠だった。その事実を、俺は中学生になった時に知らされた。

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