3-4 振り返れば奴がいる
父さんの言わんとすることがわからぬまま、呆けた顔で俺は父さんの前で自転車から降りた。直後、俺の背中で両足が着地する音と人の気配。
ハッとして俺は振り向いた。
「ただいま帰りました、凛太郎さんのお父様」
「はいお帰りなさい、あいりちゃん。でもね、二人乗りは法律でダメ、ってなってるから、凛太郎に誘われてもきちんと断ろうね。それがひいては、二人のためになるんだから」
「はい! これからはちゃんと断るように気をつけます」
気をつけますじゃねえよ。
「飯倉。これから俺たち、明日のために旅行の準備をしないといけないんだよ」
「はい! 知ってます」
知ってますじゃねえよ。
「飯倉の家族だって心配するだろ? もうちょっとしたら暗くなるし、そろそろ帰った方がいい。二人乗りもとがめられたことだし。それとも、俺にまだ何か用があったか」
「はい! 今回の嘉手島さん家の旅行に、私も同行します」
同行しますじゃねえよ。
待て。今なんて言ったこいつ。
「同行?」
「はい。ちゃんと私と、私のお父様から電話で今朝、凛太郎さんのお父様にその旨お伝えしました」
俺が取り次いだ、あの電話か。
「あいりちゃんのお父さんの益宗さんと僕は仕事柄、緊密な関係にあってね。個人的な付き合いはほとんどないんだけど、今回益宗さんの方から、たってのお願いという事で了承したんだ。明日の準備にかまけてて、二人に伝えておくのを忘れてたよ。驚かして悪かった」
という事は飯倉の父親の仕事は警察か近い仕事か。警察内部も出世競争となると人付き合いもピリピリすると聞くが、どうやらその益宗氏と父さんの仲はそう言うわけではないようだ。
「ここでずっと立ち話するのもあれだし、三人とも家に入って涼んでなさい。暑い中引き留めてごめんね、あいりちゃん」
そう言って俺たちが家の中に入ろうとするのを、後ろから腕を掴まれた。振り向くと、車を洗っていたホースを地面に置いた父さんが、唇の前で人差し指を立てている。
「頼むぞ」
「な、なにを」
「あいりちゃんの事だ。お前も年頃だから、可愛い女の子を見ると胸がときめくのも分かるが、決して変なことはするんじゃないぞ」
真顔で父親からムネガトキメクとかいう言葉を聞かされると、ムネガザワツクのですが。
「大丈夫だよ、俺。もう高校生だし」
「突然こんなことを言うのもなんだが、凛太郎。お前、俺のことは好きか」
「は!?」
予想外の質問に空をも突き抜かんような大声が出て、俺は口を手でふさがれた。
「バカ、家族としてだ。変な想像をするんじゃないよ」
変な想像をさせるんじゃねえよ。
「そりゃあ、家族としては愛してるだろ」
「そうか。いや実はな、お父さんとあいりちゃんのお父さんは緊密だと言ったけど、飯倉益宗さんは、うちの警察本部の監察官を務めてるんだ。言わば、俺たち警察官の行動を見張るのが役目で、直属ではないが、上司だ。だから、お前たちの件でもし万が一何かあったら、俺はもう警察にはいられない。こういうものの頼み方はいやらしいし、疑ってるように聞こえるかもしれない、そこは申し訳ない。だが、後生だ。お前の好きなお父さんの願いだと思って、頼む、凛太郎」
そう言って手を合わせて俺に頭を下げる。俺だって別に大人の事情が分からないほど子供ではない。
「分かった。分別ある行動をとるよ。心配してくれてありがとう、父さん」
俺が笑顔で答えると、父さんは俺を突然抱き寄せて「人間的に成長したなぁ、お前も」と感涙にむせび泣きだした。
俺の周りは、一癖も二癖もあるやつばかりだ。嫌いじゃないけど。




