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2-17 God Bless U

 暗号問題というひねた形式のラブレターだけでは、お互いの気持ちを量るのには限界がある。だからこそ、二人の気持ちがすれ違い、ぼろが出たのだ。

「ただの友達で、退学という人生の重大事ともいえる状況が目の前にある中で、自分の身を犠牲にしてまでかばうというのはなかなかない。あるとしたら、それは友達よりもむしろ、自分の身を捧げても相手の事を想う、愛の気持ちとしてとらえる方が合点がいくんじゃないだろうか。遠崎はまだグレーだが、草野はほぼ黒と見ていい」

「嘘……」

 遠崎がポツリとそう言うと、草野は声を上げて泣き、その場にしゃがみこんだ。

「ごめん、ごめんね、かなえ。私、変なんだよ。だから、かなえといると心が苦しくて、一人で弾いている時も貴方の事を思い出して、とても一緒にいられないと思ったんだ。一緒にいたいのに、自分の想いがかなうことはないんだって思うと、不安でたまらなくて。かなえが私の嫌いな子たちと仲良くしてるのを見てると、耐えられなくて。だから、いっそピアノをやめて、かなえから離れてしまえばって思った。でもそうしたら、私の事なんか、すぐに忘れてしまうんじゃないかと思って、それも怖くてあんないたずらしたんだ。……そしたら、すぐに答えが返ってきてくれて。ああよかった、このやりとりがある限り、かなえは私のことは忘れてないんだ、って思えたから」

 草野は一気にまくし立てて、膝の中に顔をうずめた。遠崎は静かに近寄り、その傍で座り込む。

「大丈夫だよ。変じゃないよ、あんず。私、それで離れたりしないから」

 草野は嫌々と頭を振る。

「違うんだよ。かなえは友達でしょ。結局、いつかは結婚して、私と離れてしまわないといけないから」

「離れないよ」

「どうしてそんなこと言うの? 無責任だよ!」

「私も、あんずの事が好きだもの」

 草野の頭がゆっくりと持ち上がる。泣きはらした目で、優しく微笑む遠崎の顔を見つめる。

「嘘……」

 と、今度は草野がポツリ。遠崎は首を横に振って、自分の栗色のセミロングを掌に挟み、草野の方に伸ばして見せた。そこで俺は、二人の髪型がそっくりだという事に意識がいった。

「嘘じゃないよ。これ、分かる? あんずと同じ髪にしたんだよ。あんずとお揃いにしたくて」

 若いという事は自分を持っていないこと。自分を持っていないという事は、何かのために自分を捨てられること。自分を捨てられる事は、何にでもあろうとすることが出来るということ、か。俺は二人のそんな若さを象徴したような、輝きに満ち、同時に脆くもある幼い姿を見て、そんな事を思った。

「私、あんずの事を傷つけて、ピアノをやめさせたことがとても辛かった。どうにかしてでも、あんずとお話がしたかったの。でも、私、勇気がなくて、こんなに時間がかかっちゃった。謝りたいのは、私の方だよ。ごめんね。――そして、愛してます。私と付き合ってください。草野杏子さん」

 そう言って遠崎は草野の膝の上に置いた手に自分の手を重ねる。

「本当に?」

「うん」

 頷いて草野を見下ろす遠崎の目に、みるみるうちに涙がたまり、眼鏡のレンズに雫がたれ落ちる。

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 それだけ言うと、草野は遠崎の肩と首の間に顔をうずめた。その背中に遠崎が腕を回す。

 ピアノの一音が突然鳴り響く。俺たちが振り向くと、飯倉がピアノの前に腰を下ろしていた。

「私、一曲弾いていいですか。決してうまくはありませんけど。お二人を祝福したいんです」

「本当に? 聞かせて飯倉さん」

「飯倉さん、ありがとう。私からもお願いします」

 飯倉の細い指がたおやかに鍵盤を押下していく。安らぎと優しさに溢れた旋律が音楽室内を満たしていく。

「『主よ、人の望みの喜びよ』ですね」

 遠崎がしみいるような口調でつぶやく。草野が含み笑いを漏らした。

「でも何だか複雑だなぁ。聖書は同性愛御法度だもんね」

「パウロ書簡にそうありますね」

 飯倉は演奏をしながら、草野の言葉に答える。「ですが」と、彼女はすぐに言葉をつづけた。

「キリスト自身はその是非には言及していません。ただ、汝の隣人を愛せ、とだけおっしゃいました」

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