2-16 ステイクマイライフ
休憩時間のはずなのに、やけに周りが静かなように感じた。そう思えるのは、俺の緊張のせいだろうか。
「あてずっぽうで言ってるわけじゃない。今からその理由を説明する。
一つ。小さい頃からピアノの才能を発揮していた草野だ。周囲からの嫉妬や敵意があるとしたら、その頃からあったはずだ。将来を嘱望されてる今、周りの攻撃的な感情で今更ピアノを投げ出すと考えるのは、考えにくい。
二つ。思春期の親への反発、これもない。草野の両親は、何不自由なく育てたことがまずかったのか、と言っている。つまりピアノは親に抑えつけられて始めたのではなく、草野の自分の意思で始め、好きで続けてきたとみるべきだ。
三つ。ピアノに嫌気がさしてやめた。ノーだ。そんな人間が友達との秘密の手紙に、音楽に絡めたものを採用するだろうか? しかもご丁寧に自分の演奏したものを録音したテープまでこしらえて。
四つ。そもそもなぜ、草野は3時間目の授業に抜け出して、音楽室にいたのか? 仮に俺たちが問題を解き、自分たちでラックから封筒を見つけたとしよう。その事自体が、どう草野が犯人であると直結するのか?
もちろん、聞き込みや状況証拠から犯人は草野だろうとじきには絞り込めるはずだ。だが、確証はない。それなのに、俺たちがいつ離れるか分からない状況で、見つかれば犯人とみなされるリスクを冒してまでそれをするメリットはあったろうか。その場に居合わせたときに、こちらを見もせずに逃げ道のない方へ真っすぐ走ったのも不自然だ。言い訳せずに開き直るところも、まるで自分を捕まえてくれと言わんばかりだった。
そこで一つ考えてほしい。お互いに秘密の共有をしている、それがばれたとする。封筒の筆跡から、遠崎奏絵の自作自演と分かる。仮に俺たちが遠崎か草野のどちらかに攻撃的感情を向けるとすれば、それはどっちだ? ――俺たちを利用した、遠崎奏絵の方だ。
あの時、草野が音楽室にいたのは、遠崎奏絵をかばうために、わざと捕まるためだったんだ。事態が露見して、遠崎に責任を問われるのを未然に防ぎ、不良女子の軽率ないじめ行為として終わらせるための、捨て身だったんだ」
飯倉に片方の手をそれぞれ掴まれた二人に目をやる。鼻をすする音が聞こえる。間違いは、なかった。
「五つ。ここからはさっきの推理であえて言わなかった、遠崎がなぜ封筒を棚から抜き取ったか、だ。この事件を依頼してきた遠崎がなぜ、突然そんなことをしたか。
それは、俺が警察と窃盗罪における学校の対応を話して聞かせたからだ。その話を聞いた遠崎は、自分が想像していたような事態とは違う方向に進んでいっている、俺たちが真実に気づけば、自分だけでなく、何より草野に迷惑がかかってしまう。実際は相対的親告罪として罪には問われないだろうが、中学生にそれがわかるわけもないし、何より俺が口にした『絶対にいたずらでした、ではすまない』と、飯倉の『分かったかもしれません』という二つの言葉が、彼女にとって決定的となった。お金ならどうにでもなります、もういいんです、と突然この事件の幕引きを図り出したのは、このせいだ。
隙を見てラックから封筒を抜くと、職員室の山西の机に置く。その後は、タイミングを見て職員室に出向くきっかけを作り、『何故か分かりませんが見つかりました。悪意のないいたずらだったんですね、もう大丈夫です。お手数かけて申し訳ありません』とでも言って無理矢理にでも終わらせるつもりだったんだろう。
だが、ここで二つの誤算が出来ていた。
草野も、同じように隠した封筒を職員室に収めて事態収拾を図ろうとしていたんだ。分かったかもしれない、といった飯倉の行動を尾行して、授業も途中で抜け出し、俺たちが音楽室で真相を知る前に封筒を取ろうとした。だが、俺たちが離席していた間に封筒を取ろうとしていた草野は、隠しておいた場所に封筒がないことを知ってしまう。
草野は思った。飯倉が分かったと言い、この場には今朝あらわれた謎の女もいない。あの二人は、暗号を解読して封筒を見つけたのだ。封筒の裏に記入された数字と、遠崎奏絵の筆跡に気づいてしまう。そうなれば、窃盗罪を偽装して赤の他人を引っ張りまわしたいたずらで、この私立校が遠崎に重い処分を下すかもしれない。遠崎がそうなるくらいなら、私が――と、ここで、捨て身の行動を決断したんだ。
君と飯倉が教室を出て、俺が問題用紙に向き合っている間に、遠崎が封筒を抜き出したことも知らずにね。
二つ目の誤算は、飯倉がすでに問題を解いており、封筒が棚にあることを知っていたこと。
推理の最初からここまでに上がったいくつかの不自然な点と併せて、飯倉は二人の関係が怪しいとにらみ、泳がせることにしたんだ。
俺は知らず知らずだが、飯倉は意図的に『分かった』とブラフをかましたってことだ。会議の終わった山西から話を聞く際に一度職員室に行って封筒がないのを確認し、草野が捕まった後で、再度職員室に行き、封筒が戻ってきているのを確認し、それをここに拝借した。
飯倉にとって、これは事実確認程度でしかなかった。明らかに事件の幕引きをしたがっている遠崎が、『事件が分かった』と明言している人間がいる状態で、もたもたしていることはないと踏んでいたんだ。草野の捨て身は想定外だったろうがね。いずれにせよ、遠崎は放課後までに何らかのアクションを起こす。
これが事の顛末だ。
遠崎と草野は、お互いに相手の身を案じてかばいあったのさ」




