2-15 フェルマータ
「二人はそうやって表は他人同士で、内面で親睦を深めるという、歪な交際を続けてきた。それが今日、遠崎の方でその関係を終わらせようとした。それがなぜなのかははっきりしない。ただ、遠崎の方は以前から草野に思うところがあり、草野にそれを打ち明けたかったんだろう。
遠崎は何度も草野のいる前で言っていた。罰したいわけではない、話がしたい、とね。だがおそらく、俺たちが見る限り、クラスで孤立していた遠崎は草野に対して何らかの気後れを感じているのか、一人では草野に話しかける勇気がなかった。
だから、『俺たちと一緒に給食費の捜索をしてますよ、と実行犯である草野にブラフをかける状況にする』と同時に、このいびつな手紙のやり取りをやめよう、貴方と直接話がしたいんだ、と『俺たちに話してる態で実際は草野に伝えている』場を作り出した。
教室の中で飯倉達と再会して、この謎を解こう、と同じ教室にいた草野に聞こえるように、彼女が気にかかって絡んでくるように言葉を口にして仕向けた。
遠崎にとって俺たちはそのお膳立て係で、謎を解くかどうかは二の次だったってことだ。そもそも、あの問題を解ける奴はいないと高をくくってたんだろう。遠崎にすれば、その間に草野にそれとなくこのあいまいな関係を清算して話し合うようにしむける時間を作ることが出来れば十分だった。
さあ――俺達の推理は……全部伝えたとは言えないまでも、この時点で当事者同士、話し合いで解決できなくもない。遠崎さん、もう草野に直接言えばいいんじゃないのか」
俺は咳ばらいを一つすると、衣知佳の持って来ていた水筒からお茶を一杯もらい、遠崎と草野の動静を見守った。
しばらくして、草野から口を開く。
「かなえ、……ごめん。嫌だった?」
草野の問いに、遠崎は首を横に振る。
「だったらどうして」
「ずっとこうしているの、良くないと思ったんだ。やっぱり、私があの時あの子たちと仲良くしちゃったから、あんず、勘違いしちゃったんでしょ? 私も貴方の敵なんだって。あんずの才能をねたんでるんだって」
「……」
「私、そんな風に思われるのが嫌だった。誤解を解きたかった。でも、教室からいなくなってから、学校に来たあんずは他のこわい子たちと仲良くして、私と距離を取りたがってるみたいで、とても話しかけられなくて……。最初にあの紙をもらったとき、とっても怖かった。でも、答えが分かった時、嬉しかったんだ。これはあんずからだ、あんずが私の好きなものをみんな知ってくれてるんだと思って。でも、あんずはずっとよそよそしいから、このままでいいのかなって……。
それがいけなかったの。私、ずっと後悔してる。このままじゃいけないんだって、あんずの大好きだったピアノの世界に戻さなきゃいけないって。お願い、あんず。戻ってきて」
「違うの。私が弱いだけなの。もう、あそこで弾くことが辛くて。かといって、他のところで弾くことも考えられなくて。もう……辛いの」
「何で? ピアノを弾くことは好きなんでしょう?」
「そうね。そう……かもね。今じゃもう、分からなくなっちゃった」
「もう一度弾いてみない? 私、あんずと一緒にいるから。……友達、でしょ? 私たち」
儚げに俯いていた草野が顔を上げる。遠崎の懇願するような視線を受け止めながら、笑みを作る。その目の色は至って穏やかだが、だらりと下がった両手は、スカートの太ももあたりをぐっと握りしめて、震えていた。
「……そうだね。私たち、友達、だよね。……ありがとう、かなえ。でも、私なら大丈夫だよ。ごめんね、迷惑かけて。こんなこと、もうしないから……さよなら」
「あんず!」
やはりだめか。飯倉が言ったことが正しいとしたら、デリケートな問題でもあるので、俺から必要以上に曝露するのはどうかと、話を途中で止めたのだが。
草野は踵を返し、遠崎の言葉を振り切るように教室に向かって走り出す。
その手を、飯倉がさっと後ろから手に取って引き留めた。険しい眉根と潤んだ瞳に、はち切れんばかりの感情を持て余してるのがありありと分かる。飯倉は草野と同時に、追いすがろうとした遠崎の手をもつかんでいた。
二人を引き離さぬといったその姿勢のまま、飯倉は、
「嘉手島さん! ……すいません、お願いします」
「わかった」
俺は、ひとまず終えた推理を再開する。この二人のやり取りの真の意味、草野がどうしてもピアノをやめようと固辞する理由、友達だと確認してなおかつ、遠崎から去る草野の思惑。一つの結論が、俺の頭の中にあった。
「自分が愛し、自分を愛してくれる人にさよならすることないだろ、草野」




