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1-2 めぐり逢い

 その彼女が、生きている。

 俺は無意識に教室の中へ足を踏み出していた。

 チャックを開けて鞄の中身をじっと見つめる飯倉の姿が大きくなっていく。鈍い光を受け止めた絹のような髪が背中にまで流れ、黒い瞳はくもりなき夜空のように澄んでいる。眼鏡の鼻当ての下にちょこんとくっつけられたような幼さの残る鼻が、銘々皿に乗せられた小さな和菓子を思いおこさせた。

 心なしか、ぽってりした淡い紅色の唇が震えているように見える。

 その手が素早く鞄のチャックを閉じた。それと同時に、弾かれたようにこちらを見上げる。俺は、いつの間にか飯倉のそばにまで来ていた。

「あ……あの」

 相手の突然の反応に、俺は頭の中が真っ白になっていた。飯倉が悲痛な目で俺を見ている。警戒されている。俺は別クラスの男子で、彼女とは初対面だ、当然だろう。

 どうすればいい、と俺は考えを巡らせ、やがて結論に至った。

 これは夢なのだ。さっきカレンダーで確認した限り、俺は高校一年の夏の夢を見ている。何の因果か、こんな漫画みたいな夢を見るなんて、人間の脳は分からないものだ。

 目の前の飯倉がじっと俺の顔を見つめている。さて、どう警戒を解いたものか。

 答えは三秒で出た。無理だ、諦める。まぁ夢だから問題ないだろう。

 何の因果か、俺の手には弁当を入れた鞄がある。今はお昼時間。となれば、男も女もやることは一つ。

 俺は、鞄の中から弁当を取り出して飯倉の前に掲げると、努めて明るい口調で話しかけた。

「なぁ、一緒にご飯食べない?」


 どうしてこうなった。

 一緒にご飯を食べようとは言った。ドン引きされるだろうな、と心のどこかで身構えた。しかし、彼女はひるむことなく、しばし俺の顔と弁当を交互に見つめ、わぁっと歓声を上げて承諾してくれた。無邪気な笑顔が子供みたいで、数瞬、俺の心の中で飯倉のその顔が何度もリフレインした。

 しかしだ。

 俺は机の上に置かれた弁当箱と飯倉の顔に視線をやる。

 何で飯倉が俺の弁当を食べてるんだ?

 俺の方がドン引きだとまではいかないが、昔年の想い人の俺に負けず劣らずの謎行動に開いた口がふさがらず、いっぱい食べる君が好き、なんて境地には至れそうもなかった。

 飯倉のクラスメイトが遠巻きにこちらを見つめ「誰?」「彼氏?」とひそひそ呟いている。

 飯倉がご飯一粒残さず弁当を平らげる。取り出したティッシュで口元を拭くと、今初めて気がついたように俺の顔を見て空いた手を口元に当てた。

「ごめんなさい、つい、全部食べちゃいました」

「ああいいよ、俺なら。お腹空いてたんでしょ」

 俺は帰るつもりだった。飯倉とはクラスが違うし、夢の中にまで授業に出ようとは思わない。

 俺は自嘲ぎみに口元をゆがめた。自分の死に際にこんな夢を見せるなんて、神様も酔狂なことをする。

「あの」

「何?」

「あなた、何者なんですか!?」

 飯倉の瞳に、警戒の炎が宿っている。遠巻きに見ていた生徒たちがずっこける気配がした。もちろん俺もその一人だ。

 いや。お前、得体のしれんやつからもらったご飯全部食べてからそれを言うのか。

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